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 病院にたどり着いて、イナリの処置をしてもらって、ようやくわたしは一息つけた。ここまでくれば、イナリが死ぬことはないだろうと、少し安心できたのである。

 ……すごく、包帯だらけだけど。

 シャシカさんがほとんど治療されていないから、対比で余計に大怪我に見える。彼女は元々付けていた包帯が焦げ付いてしまって、それを交換するくらいにとどまっていた。


「そう言えば、あの生き物は、死体が残らないの?」


 治療を終えて、会計待ちのときに、ふと、思い出したようにイナリが言った。

 精霊は死体が残らない。死なないので。『眠る』ときには霧散し、姿を消す。わたしが再びあの場所に戻ったとき、イナリの周囲に火が舞っていた。多分、あれがメルフだったものだろう。


「マレーゼが嫌がってたから退治しちゃったけど……魔物とはちょっと違う、よね?」


 イナリに問われて、わたしはつい、シャシカさんをちらっと見てしまう。彼女は、わたしたちから少しだけ離れた場所で、ぼーっと外を見ていた。……こちらの会話を聞いているのか、聞いていないのか、はた目では判断がつかない。

 わたしは極力声を押さえ、イナリに耳打ちした。


「あれね、しろまると同じなの」


 そう伝えると、精霊の名前を出さなくても、イナリは察したらしい。しろまるの細かい紹介はしていなかったけど、名前と、しろまるが精霊であることは言ってある。


「魔物とはちょっと違う、かも?」


 わたしはシャシカさんを警戒して、言葉を濁す。詳しく聞きたかったら後で聞いて、とアイコンタクトを送ったけど……伝わったかどうかは定かじゃない。

 でも、あんまり他の人に聞かれてもいい話じゃないから、外では極力離したくないのだ。


「それはそれとして――明後日、どうする? その怪我じゃあ……」


 明後日はイナリの両親に会おう、という話になっていた。でも、こんなにも怪我をしていたら、安静にしていた方がいいだろう。


 そう思って言ったのだが――。


「……なに、会ってくれないの?」


 少し拗ねたような表情をイナリが見せた。確かに、このまま、明後日の予定を流してしまったら、両親が健在なフィジャ、イエリオ、イナリの三人のうち、イナリだけ会わないことになる。それどころか、ウィルフとは祭りを練り歩いて楽しんだので、イナリとだけなにもしていないことになる。


「そういうわけじゃないけど……本当に、大丈夫なの?」


 わたしは別に、構わない。でも、あんなに酷い火傷をしたのだ。治療をするためにここまで歩いてこれたとはいえ、相当辛いはず。


「わたしは、イナリの両親に会ってみたいよ。でも、こんなに酷い怪我してるのに……しんどくないの? 大丈夫?」


 今まで見たことないくらいの火傷。わたしのなかで、火傷といったら、お湯をひっくり返して水ぶくれになってしまう程度が関の山。だから、どうしても、大丈夫なのか、という不安がぬぐえない。


「大丈夫だってば。このくらいの規模の怪我なら、もっと酷いやつ、冒険者のときにしたことあるし」


「……」


 わたしは思わず黙ってしまった。シャシカさんがいる手前、おおぴらに言えないけど、イナリが引退してくれて良かった。勿論、ウィルフも。心配で胃に穴が開きそうだわ。

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