369

 混乱するわたしをよそに、ティカーさんは淡々と傷の様子を見ている。


「これは酷いな……。一体、何をしたらこうなるんだ」


 わたしたちに聞く、というよりは、思わず口にしてしまった、という様子のティカーさん。素直に精霊と戦っていました、と言って、彼に伝わるんだろうか。

 いや、そんなことより傷の手当である。


「とりあえず、ここじゃたいしたことは出来ない。早く病院に連れて行こう。歩けるか?」


 ティカーさんの問いに、よろよろとイナリが立ち上がる。動きはゆっくりしているが、倒れそうな危なっかしさはない。メルフの血がついた部分以外に、大きい怪我はないのかもしれない。擦過傷とかはあるけれど。いや、油断はできないか?


「それにしても……跡が残ることを覚悟した方がいい」


 そのティカーさんの言葉に、一瞬、イナリが反応したのが分かった。


 跡が残る。


 その言葉に、つい、イナリの顔を見てしまう。見た目にコンプレックスがある彼に、新たなる悩みの種を作らせてしまったんじゃないだろうか。

 ――わたしのせいで。

 そんな風に思っていると、イナリが、すすっと手で顔を隠した。


「あ、あんまり見ない方が……」


「えっ、あ、そ、そうだよね、見られたくないよね」


 わたしは慌てて目をそらす。

 火傷の跡って、どのくらい長く残るんだろう。流石に一生くっきりしているってことはないよね……? ある程度薄くなるとは思うけど、医者であるティカーさんがここまでハッキリいうってことは、期待しない方がいいんだろうか。


「――見られたくない、っていうより、その、こういうの、見たくないんじゃない? 僕とかシャシカは慣れてるけど、怪我を見るのが駄目って人もいるし……」


 イナリの、思っても見ない言葉にわたしは再び彼の方を向いてしまう。


「い、痛そうだな、とは思うけど……」


 でも、嫌悪感はない。わたしを守って出来た傷なのだ。気持ち悪いだなんて思うわけがない。

 わたしが言うと、「ほらー、だから平気だって言ったろ」とシャシカさんが軽い口調で言う。


「この子、ウィルフが血まみれになったって、担いで行ったくらいなんだから。その辺の肝は座ってるって」


「――は? ウィルフが血まみれ……? 何その話、僕聞いてない」


 血まみれ、ということを言ったシャシカさんは、やべっ、とでも言いたげな表情をしていた。

 血まみれ、っていうと、ローヴォルに襲われたときの話だろうか。あのとき、割とすぐにシャシカさんは逃げたと思ったけど、やっぱりあの後もわたしたちを見張っていたのか。


「ま、まあ、とにかく病院行きなよ。早く治療を受けて、大事な嫁を安心させてやりな」


「ま、まだ嫁なんて、そんな……」


 露骨にシャシカさんが話題をそらす。それに分かりやすくイナリが動揺した。いや、露骨じゃないか。本当に、早く病院にいって貰わないと。

 わたしたちは会話を切り上げ、病院へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る