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混乱するわたしをよそに、ティカーさんは淡々と傷の様子を見ている。
「これは酷いな……。一体、何をしたらこうなるんだ」
わたしたちに聞く、というよりは、思わず口にしてしまった、という様子のティカーさん。素直に精霊と戦っていました、と言って、彼に伝わるんだろうか。
いや、そんなことより傷の手当である。
「とりあえず、ここじゃたいしたことは出来ない。早く病院に連れて行こう。歩けるか?」
ティカーさんの問いに、よろよろとイナリが立ち上がる。動きはゆっくりしているが、倒れそうな危なっかしさはない。メルフの血がついた部分以外に、大きい怪我はないのかもしれない。擦過傷とかはあるけれど。いや、油断はできないか?
「それにしても……跡が残ることを覚悟した方がいい」
そのティカーさんの言葉に、一瞬、イナリが反応したのが分かった。
跡が残る。
その言葉に、つい、イナリの顔を見てしまう。見た目にコンプレックスがある彼に、新たなる悩みの種を作らせてしまったんじゃないだろうか。
――わたしのせいで。
そんな風に思っていると、イナリが、すすっと手で顔を隠した。
「あ、あんまり見ない方が……」
「えっ、あ、そ、そうだよね、見られたくないよね」
わたしは慌てて目をそらす。
火傷の跡って、どのくらい長く残るんだろう。流石に一生くっきりしているってことはないよね……? ある程度薄くなるとは思うけど、医者であるティカーさんがここまでハッキリいうってことは、期待しない方がいいんだろうか。
「――見られたくない、っていうより、その、こういうの、見たくないんじゃない? 僕とかシャシカは慣れてるけど、怪我を見るのが駄目って人もいるし……」
イナリの、思っても見ない言葉にわたしは再び彼の方を向いてしまう。
「い、痛そうだな、とは思うけど……」
でも、嫌悪感はない。わたしを守って出来た傷なのだ。気持ち悪いだなんて思うわけがない。
わたしが言うと、「ほらー、だから平気だって言ったろ」とシャシカさんが軽い口調で言う。
「この子、ウィルフが血まみれになったって、担いで行ったくらいなんだから。その辺の肝は座ってるって」
「――は? ウィルフが血まみれ……? 何その話、僕聞いてない」
血まみれ、ということを言ったシャシカさんは、やべっ、とでも言いたげな表情をしていた。
血まみれ、っていうと、ローヴォルに襲われたときの話だろうか。あのとき、割とすぐにシャシカさんは逃げたと思ったけど、やっぱりあの後もわたしたちを見張っていたのか。
「ま、まあ、とにかく病院行きなよ。早く治療を受けて、大事な嫁を安心させてやりな」
「ま、まだ嫁なんて、そんな……」
露骨にシャシカさんが話題をそらす。それに分かりやすくイナリが動揺した。いや、露骨じゃないか。本当に、早く病院にいって貰わないと。
わたしたちは会話を切り上げ、病院へと向かうのだった。
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