312
何が起きたか状況が全く分からなかったが、イナリが少し腕の角度を変えたことによって、なんとなく分かってしまった。
イナリの持つ本に、ナイフが突き刺さっている。以前見たシャシカさんのものとはデザインが違うが、似たような物で、投げナイフのようなものだ。
おそらくは、わたしに向かって投げたものを、イナリが本で防いでくれたんだろう。
「――な、にを、するんだ!」
さっきまで気の抜けていた空気が一気にピリッとした。イナリが咄嗟に庇ってくれなければ、あのナイフはわたしに刺さっていただろう。
「……このくらいは、まだ対処できるか」
じと、とこちらを見てくるシャシカさんの目は暗く、どこかこちらを観察しているようで、何を考えているのか全く表情が見えない。
「――昔のアンタだったら、家に入った瞬間、アタシがいるって気が付いただろ」
いつから居たんだ、この人。ぞわぞわと、背中が寒くなる。今日はイナリが仕事で、わたしも日中は外出していた。フィジャの所へ勉強しに行っていたのだが、イナリが帰って来るよりも先に帰っていたはずだ。
ということは、もしかして、既にそのときにはいたということだろうか。
「ど、どこから……」
天井は塞いだのに、一体どこから、とわたしは思わず言葉をこぼした。鍵をこじ開けて入ったんだろうか。
しかし――。
「床下」
簡潔な返答に、わたしは思わずそんな所から!? と叫びそうになった。でも、彼女を刺激するのが怖くて、ぐっと言葉を堪える。
もしかして、このベッドの下、クローゼットの天井と同じように穴が開けられているんだろうか。そんなところまで気が付くわけがない。
「平和ボケしちゃってさ……。でも、まだ、間に合う。間に合うから、冒険者に戻ってきてよ。イナリは――」
「ちょっと、その話まだ続いてたんですか!」
反射で叫んでしまった。さっきは刺激しないようにって叫ばないように我慢したのに。
叫び終わって、ぎらっとシャシカさんに睨まれて、やっちまったと悟る。喉がひくつく。
「まだ続いてたって!? 当たり前だろ、アタシは終わらせたつもりはない! ずっと、ずっと帰ってきてほしいって思ってる! だから――」
するり、と背中に手を回し、シャシカさんは短剣を取り出した。さっきまでの、細身で小ぶりなナイフとは全然違う。サバイバルナイフのような、よっぽど運が良くないと、どこに刺さったって死にそうな、ごつい短剣。
「アンタが死ねば、戻ってきてくれるだろうって、寝静まったら殺そうと思ってたのに。見つけてくれちゃってさぁ……」
ぎらり、とシャシカさんの持つ短剣が、照明に当たって鈍く光った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます