311
思わず座った体勢のまま後ずさると、背中が背後にあった棚に当たってしまう。ばさばさと、棚に乱雑にしまわれていた紙やら本が降ってきた。
でも、そんなことも気にならないくらいに、ばくばくと心臓が暴れている。見たものが信じられなかったが、それでも、誰かの目と、視線がかち合ったのだ。
「えっ、どうしたの、大丈夫!?」
イナリが驚いたような声を上げる。それもそうだ、ベッドの下を覗いて、急に悲鳴を上げたんだから。さっきまでは普通だったのに。
わたしの様子を見に来てくれたイナリに、わたしは思わず縋りつく。体裁とか、そんなもの気にしていられない。
「い、今、いまいま、今そこに、誰かいた! 目があった!」
「は――」
「ベッドの下!」
わたしが叫ぶと、怪訝そうな顔をしながらも、イナリがベッドの下を確認してくれる。
「……? 誰もいないけど」
イナリがベッド下に視線をやっている間、わたしはむしろ、ベッドの上に目が話せなかった。「ぴ」と、自分でもよくわからない悲鳴が口からこぼれる。
これでもか、というくらい、ひっしとイナリに抱き着いた。怖ぇよこの人、もうやだよぉ……。
ベッドの上にいるのは、シャシカさんだった。
イナリがベッドの下を確認しようとしゃがんでベッド下を覗きこもうとしたその一瞬で、ベッドの下から飛び出てベッドの上に音もなく着地したのである。
「な、何――」
わたしの様子が再びおかしいのに気が付いたのか、動揺しながらも彼はわたしの方を見てくるのが視界の端に写る。でも、わたしはシャシカさんから目が離せなくて、イナリの方をしっかり見ることが出来ない。
そんなわたしを見たイナリは、わたしの視線の先をたどって、ようやくシャシカさんがいることに気が付いた。
「なんでお前、こんなところにいるんだ」
イナリは、驚いた様子を見せるけれど、わたしのように動揺することはなかった。どちらかというと、呆れとか、そっちの方が強いと思う。
嘘でしょ、この人、まさかこれが通常なの? 昔からやられて慣れてる人の反応だよね、これ。
今度はイナリのほうに驚きを隠せない。一体どんな生活を送っていたんだ。
おろおろとイナリとシャシカさんを見比べていると、何度目かの視線がイナリに向かった瞬間、ガッと首根っこを掴まれ、後ろに引っ張られた。上半身が傾き、べしょ、と肘を床に打ち付けてしまう。首が締まって苦しい。
「けほっ」
咳ばらいをしながら、急にどうしたんだ、と反射でつむってしまった目を開くと、わたしの前にはイナリの腕があった。
さっきわたしが棚にぶつかった衝撃で落ちた本の中でも分厚いものを、腕に添わせて盾のように持っているのが見える。
そのイナリの腕と本ごしに見えるシャシカさんの表情は、とても殺気にあふれた者だった。
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