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とにかく話題を変えよう、と思って、考えていたことをそのまま口に出したのがまずかった。もう少し他になかったのか。
どうしよう、と思いながらも、わたしはイナリの出方をうかがう。頼む、何か言ってくれ。
鉛筆の芯が折ったときの状態のまま固まったイナリが動き出したのは、それから少し後のことだった。
「――君は、僕の、僕らの子供を産む気、あるの。産めるの。子供を作らなくても、夫婦の継続は出来ると思う、けど」
「た、多分……?」
わたしの口から出てきたのが、「分からない」ではなく「多分」だったのに、自分でも驚いてしまう。すんなりと、多分、と出てきた。
嫌か、嫌じゃないか、と聞かれたら、嫌じゃない、と答えられる。
でも、許せるか、許せないか、と聞かれたら、何とも答えられない。嫌じゃないけど、複数人と同時に関係を持つ、というのが、わたしには正しいように思えなくて、あと一歩、踏み出せないでいる。
それでも、初めてフィジャに「ボクらの子供、産める?」と聞かれたときに真っ先に思った、分からない、出来ないかも、というときに比べたら、前進はしてる、と、思う。
それだけ、彼らのことを大事に思うようになっているのだ。家族として大事にするのはもちろん、その先、それ以上の大切な存在になるのも、あとはわたしがどう納得するかの問題でしかないような気がするのだ。
それはそれとして。
「でも、その、気持ちの問題以前に、なんていうか、生物学的に子供が出来ると思う……?」
こればかりは純粋な疑問だった。わたしは今、獣人の見た目をしている。でも、これは後付けて耳としっぽをつけただけ。それ以外は何もいじくっていない。見た目だけが獣人で、それ以外は正真正銘人間だ。
言ってしまえば、イナリたち獣人とは異種族なのだ。見た目は近いけれど。
あと、これは口に出したらまた微妙な空気になると思うので言えないけど、ウィルフとは対格差が大きすぎて物理的にそういう行為が難しいようにも思ってしまう。もし全員分の子供を産むことになったら頑張るけど、頑張るけど……!
「――……そ、れは……イエリオに聞いて」
イナリは少し考え込んでいたが、諦めて投げ出した。イエリオなら確かに知ってそうではあるけど……。獣人と人間のハーフがどんなものか気になる、と言っていたことがあるくらいだし、その分野に全く興味がないわけじゃないだろう。
「じゃ、じゃあ、今度聞いておくね」
その言葉を最後に、わたしたちの会話は終わった。イナリの両親の話は曖昧になり、彼のコンプレックスを刺激しないで話は終わったが、同時に、すごく微妙な空気になってしまったので、これでよかったのかどうか。
イナリは作業に集中すればいいかもしれないが、わたしはすることがないのである。
手持無沙汰を解消するため、勉強の本を読んでみたが、全然頭になんか入らなくて、ページはほとんど進まなかった。
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