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 普通は母親側と同じ種類で生まれてくる。それなのに、イナリは母親と違う種類と言うことは――養子、なんだろうか。もしかして、あんまり聞かない方が良かった話だったりする? わたしも、希望〈キリグラ〉によって生まれた、本来は生まれてくるのがあり得ない子だったので、別に養子くらい、とは思うが、あんな言い方をするのだ、本人は気にしているのかもしれない。


「そ、そうなんだ」


 わたしはなんと言葉を返したらいいか分からなくて、それだけをなんとか言葉にした。母親の話題をぽんっと出してくるあたり、別に中が悪いわけじゃなさそうではあるけど……。祝集祭で紹介したい、みたいな話もしていたし。


「たまにね、僕みたいに父親側と同じ種で生まれてくるんだよ」


 おろおろしているわたしに気が付かないのだろう、イナリは話を続ける。手元に集中しているのか、それともわたしと目線を合わせたくないのか。どちらなのか、わたしには分からなかった。


「じゃあ、父親が狐なんだ……?」


「キツネ?」


 狐じゃ通用しないのか。まあ、犬獣人はいても、この国じゃあイヌと言ったらペット用の魔物になるわけだし、元々の動物の呼び方じゃ分からないようだ。

 わたしは記憶を掘り起こすように、こっちだと狐の獣人を何と言うのだったか思い出す。


「ああ、えっと……こしゅ、だっけ」


「そう、父さんが狐種。……君の時代だと、僕らをキツネって言うんだね」


 イナリのような、といっても、わたしの思っているのは本物の狐だが――この言い方だとイナリが偽物みたいになってしまうな。四足歩行の、獣の方の狐、の方がいいか。


「父さんは凄いんだよ。狐種の中じゃちょっとした有名人。母さんに惚れて、狐種なのに猿種との結婚までたどり着いて――本当なら、子供も、可愛いのが生まれて来るはずだったのにね」


 喋りの響きに、強い自虐を感じる。

 イナリの自分の容姿に対するコンプレックスは、人一倍強いのかもしれない。だからこそ、彼らで言う『美人』が好きなんだろうか。恋愛的に好き、というよりも、憧れに近い、のかも。勝手な憶測でしかないが。


 話を、イナリが可愛くない、というのを肯定するのは論外だが、否定するのも、少しためらわれた。つい先ほど、「太って問題ある?」と言われて、素直に受け止められなかったのだから。こればかりは、自分の問題なので、他人になにか言われても、あまり響かないのだ。もちろん、ある程度気休めにはなるけれど。


 代わりにわたしは、話題を少しばかり強引に変えることにした。


「じゃあ、わたしが皆の子供を産んだとしても、人間が生まれてくるのかな」


 ――バキッ!


 イナリの手元から、鉛筆の芯が折れる音がした。そして、妙な沈黙。

 これは――話題のすり替え先、間違えたかもしれない……。

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