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呆れ顔のイナリは、わたしに気を使っているとか、そういう様子はなくて、心の底から『この程度』と思っている様子だ。
これはヤバい……自堕落になる!
人に近いかどうかが、美醜の価値観の全てというならば、太ったり老けたり……言い方は悪いが、『劣化した』という概念すらなさそうだ。だって、人に近いか、なんて、ほぼ生まれつきで決まるようなものだろう。そしてよっぽどのことがない限り、死ぬまで変わらない。成長で変化するようなものじゃないし。
ということは、自分自身で己を律さないと、イナリ達は普通にいつまでもわたしを『美人』として認識するということだ。彼らの態度に甘えてばかりいたら、絶対に、すぐ引き返せないところまで堕落してしまう気がする。
四人を家族だと思い、幸せにしようと思うのはいいが、同時に、わたしもわたし自身で気を使わないと、どこかで道を踏み外しそうだ。
この辺は、たとえイナリたちの価値観を受け入れるのだとしても、譲ってはいけない気がする。いや、譲るなって。
「――僕の母さんは、近所でも有名になるくらい美人だけど、君より体格がいいよ」
これからのことを考え込んで黙ってしまったのを、わたしが酷く落ち込んでいると勘違いしたのか、少し励ますような声音でイナリが言った。いやまあ、事実として結構、この数値には落ち込んでいるんだけど。
それにしても。
「お母さん……?」
イナリの親の話を聞くのは初めてな気がする。フィジャやウィルフからは直接聞いたし、イエリオから直接両親の話を聞いたことはないが、めちゃくちゃいい家の出身だということはなんとなく聞いているし察するものがある。
でも、イナリの家庭事情というか、彼自身の話を聞くのは、初めてのように思う。
「猿種だからね。すごく美人なんだよ」
「えんしゅ……」
聞きなれない言葉だ。すごく美人ということは、すごく人に近いということで。わたしの脳内にジグターさんの顔がよぎる。つまり猿の獣人なのか。
……猿の獣人? 猿から狐が生まれるの? どういうこと?
そう言えば、わたしが何の獣人に変態〈トラレンス〉を使って化けるか相談したとき、猫か鼠が良くて、フィジャやイエリオ、ウィルフにイナリと同種は辞めた方がいい、という風にアドバイスを受けた。つまりは、同じ種類の獣人同士で結婚しないといけない、というわけじゃないんだろう。
というかそもそも、羊と思わしきルーネちゃんがトラとライオンと結婚しているしな。
別の種類の獣人同士が子供を作ったら、生まれる子はなんの種類の獣人になるんだろう。もはや美醜観よりもそちらの方が気になって来てしまった。
作れるかどうか、ということばかりに気をとられて考えていたが、そちらも気にしないといけないのでは?
イナリが狐、ということは父親側と同じ種族で生まれてくるんだろうか。でもそれって、わたしみたいな一妻多夫だと露骨に誰の子か分かってしまうな……。
「やっぱり子供は父親側と同じ種類で生まれてくるの?」
深く考えずに疑問を投げかけると、型紙を作っていたイナリの手がピクリ、と止まる。
少しの間の後、再び動き出しながら、彼は口を開いた。
「母親側と同じ種が生まれてくるよ。――普通はね」
妙に乾いた声音だった。
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