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「な、なんでそんな話になるの?」
「話、聞いてただろ? 僕みたいなのより、別の人に服を選んで貰った方がいいよ。せっかく美人なんだから」
そんなの関係ない、と言いたかった。わたしはイナリが選んでくれたほうがいい。
でも、ああいう反応が常なのなら、わたしが大丈夫、と言っても、信用できないのだろう。ずっと、そう言われてきたのなら、わたしが言うより、周りの方が言葉に説得力がついているのだ。
「……イナリは、センスなくなんか、ないよ」
周りの方が説得力があるというなら、それに匹敵するくらい、わたしが自分の意見を言えばいいだけだ。わたしの言葉がイナリに届くまで。
嘘じゃないから、何度だって言える。
「前に選んでくれた、防具あるでしょ。ちゃんと可愛かったし、同時に、防具としてしっかり役目を果たしてた」
「それは――」
東の森へ行くときに、選んでもらった防具一式。そりゃあ防御力だけで言えばウィルフが「これでいいだろ」って適当に選んだ鎧の方が高いかもしれないけど、イナリの選んでくれた防具のほうが、着やすいし可愛いしで、助かったのは事実だ。
命を守るものだから、と、見た目に引っ張られなかったのも、いいな、と思えた。
それだけ防具として防御力を重視しながらも、ダサくならないラインを見極められる人が、センスがない、なんてことがあるものか。確かに、人によって好みは違うかもしれないけど、少なくとも、あんな言われ方することはない。
「イナリは仕事してるし、服を作るのが負担になるっていうなら別に無理に作って、とは言わないよ。でも、わたしはイナリが作ってくれるならすごく嬉しいから、わたしを気遣って、みたいな理由だったら遠慮しなくていい。……あ、そうだ、これ」
仕事しているし、と言ったところで、本来の目的である、忘れ物であるポーチをイナリに渡す。
「これ、いつも仕事に持って行っているやつでしょ? 玄関に落ちてたから、もしかしたら困ってるかなって」
「え、あ――見てたの?」
見てたの、とはどういう意味なんだろう。わたしは首を傾げながら、「いつも鞄に入れてるよね?」と言った。なんだか的外れな回答みたいになってしまったが、質問の意図が分からないのでしょうがない。
「これ届けに来ただけだから。……仕事、頑張ってね」
いろいろあるかもしれないけど、と言うのはやめておいた。なんかちょっと嫌味っぽいような気がして。
イナリは勤務中だし、まだ少し話したいけど、流石に迷惑かな、とわたしは帰ろうとする。
「――本当に、嫌じゃないの。僕なんかが作った服で」
じゃあね、と帰ろうとして、そんな言葉が聞こえてきた。流石にこの言葉だけは、無視して帰れない。
「全然嫌じゃない!」
わたしは笑って、そんな言葉を返した。
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