73

 ふっと集中力が切れると、途端にどっと疲れた気持ちになる。まあ、これだけ魔力を使って魔法付与を行ったのだ。集中して気が付かなかっただけで、相当疲れていても無理はない。

 ぐぐ、と背伸びをすると、背骨や肩回りが心配になるほど、バキバキと凄い音がした。当然、痛くはないのだが、あまりの音にびっくりする。大丈夫だよな……?


 くあ、とあくびをしていると、きゅっとスカートが引っ張られる感触に気が付く。フィジャがもそもそと動き、連動してスカートも動いたらしい。

 少しして、フィジャが目を覚ました。

 丁度、そういうタイミングだったからだろうけど、わたしの関節がなった音で起きたのかもと思うと、ちょっと面白い。


 口角が緩むのを我慢していたが、わたしはにわかに慌てだした。

 フィジャがわたしのスカートの裾を握ったまま、伸びをしようとしたのである。本当に無意識に掴んだのか。

 フィジャが伸びをしようと手を伸ばせば、当然わたしのスカートもついていくわけで。


「わ、わあ、ちょっと待って待って」


「――っ、え!?」


 わたしがいると思っていなかったのか、フィジャはびくりと肩を跳ねさせ、目を丸くしてこちらを見ていた。


「フィジャ、手を離してもらえると助かんるんだけど……」


「手? ――え、うわ、ごめん!」


 わたしの言葉に、フィジャはぎこちなく手を見ると、ようやくわたしのスカートの裾を持っていたことに気が付き、慌てて手を開いた。

 顔は真っ赤で、熱が下がったのか、全く分からない程だった。


「ごめん、本当に、ごめん……」


 消え入りそうな声で、フィジャは起き上がって頭を下げた。こっちも危うくパンツが丸見えになるところだったし、気にしなくていい、とまでは言えないが、まあ、中が見えなかったようだし、セーフだろう。それに、わざとじゃないし。


「見えてないならセーフだよ。でも見えてたらちょっと怒ったかも、照れ隠しに」


「み、見てない! 寝起きで頭働いてなかったし、そもそも気が付かなかったし……というか、もしかしなくても、ボクがスカートを握ってたってことは、ずっとここにいたってことだよね……? スカート、無理にでも非ぱって手をほどけばよかったのに……」


「そこは気にしなくても大丈夫。時間は潰せたし、全然暇を持て余してたわけじゃないし。……それより、具合はどう?」


 寝起きのフィジャは、寝る前より全然元気に喋っていた。寝た分、ある程度は回復したのかな、と思うのだが、でも、慌てているから口がまわるだけ、という可能性もある。


「頭も体もすっきりしてるよ。だいぶよくなったみたい」


「そう、よかった」


 ぐっすりと眠れたのが良かったのだろう。幾分か落ち着きを取り戻した様子のフィジャだったが、顔色はよくなっているし、言動も鈍くない。


「じゃあ、今日はこのままご飯食べて、また休んで。そうしたら、明日にはきっと治ってるよ。夕飯は何が食べたい?」


 たいしたものは作れないけど、と一応付け足しておく。まあ、言わなくても分かるだろうけど……。わたしの料理レベルはフィジャが一番よく知っているだろう。

 しかし、フィジャは首を横に振る。


「寝てよくなったし、夕飯はボクが作るよ」


「駄目よ、何言ってるの。……わたしのご飯、まずくて食べたくない?」


 その可能性は考えてなかった。イナリさんもああ言っていたし、フィジャが気を聞かせて、まずくても食べてくれていたのかもしれない。

 しかし、「違うよ!」と強い否定が飛んできた。信じるぞ、その言葉、信じるからね……?


「じゃあおとなしくしててくださーい。体力が回復したとは言え、まだ病人なんだから」


 わたしはフィジャを無理やり寝かせる。

 フィジャはまだ何か言いたそうだったが、しばらくして観念したのか、「……パン粥が食べたい」と呟いた。


「分かったわ、パン粥ね、パン粥」


 …………。

 パン粥って、どうやって作るんだ……?

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