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 それからフィジャと、たわいない話をしていると、だんだんとフィジャの反応が悪くなってくる。薬が効いて来たのだろう、うとうと、と、眠そうにしている。

 こちらも少しずつ言葉数を減らしていけば、フィジャがようやく眠りに付いた。


「さて、と――?」


 立ち上がって、今度こそお皿を片付けにいこうとしたのだが、くんっとスカートの裾が引っかかる感触がした。

 起こしてしまったか、とフィジャを伺ってみるが、しっかりと寝息を立てている。いつの間にか、またスカートの裾を握って、そのまま眠ってしまったらしい。

 不安、なのだろうか。またわたしのスカートを握るなんて。


 まあ、風邪を引いて心細くなるのは理解出来る。体調が悪いときくらい、これでもかという程、甘やかしてやろうじゃないか。

 料理やお菓子作りを教えてもらっているが、わたしがフィジャに返せるものはパッとすぐには思いつかない。こういうところでこまめに恩を返しておかないと。


 わたしはまた座りなおす。でも、今度は本当になにもすることがないので、手持無沙汰だ。

 仕方なしに、じっとフィジャの寝顔を見てしまう。あんまりじろじろ見るのもなあ、と思うのだが、あまりにも整った顔に、つい、見たくなってしまうのだ。

 フィジャは四人の中でもひと際幼い顔立ちだと思う。一番年下なのかな、と思うと同時に、そう言えば彼らの年齢すら知らないことに気が付いた。

 わたし的にはイエリオさんが年長者だと思っているんだけど、どうなんだろう。今度聞いてみようかな。


 こっちにきてそうそう療養生活になったから、というのもあるが、それにしたって、彼らのことを知らなさすぎる気がする。

 年齢や誕生日、好きなものや嫌いもの、ほとんどが分からない。フィジャは料理上手で、イエリオさんは前文明の事柄に目がなくて、イナリさんは汚部屋住人、そしてヴィルフさんは他人嫌い……そんなことしか知らない。

 いくら成り行きで夫婦になる羽目になったとはいえ、もう少し彼らのことを知るべきだろうか。


「フィジャが起きたら聞いてみようかな……」


 歳くらい、聞いたって怒られないだろう。女相手じゃあるまいし。


「あ、そうだ」


 夫婦なのに何も知らない、で思い出した。今のうちに買ったチョーカーに魔法付与しておこうかな。

 この場から離れられないので、わたしは魔法を使ってわたしの部屋の扉を開け、中からチョーカーの入った紙袋を引き寄せる。物を瞬間移動させる魔法は苦手だが、こうして視界に入る範囲内の物を動かして操るのはそう苦手でもない。


 突然の療養生活でほぼ放置されていたチョーカー。どうせ魔法付与をするからと、包装はされず簡易的に梱包されているだけのそれを取り出す。

 きら、と光るのは、フィジャの瞳と同じ色の緑色の宝石だ。いや、フィジャの方がもうちょっと明るい緑かも。


 とりあえず健康と商売繁盛系統は必要よね。幸運はやりすぎると低確率の事柄だったら悪いことでも起きやすくなるからちょっと気持ち入れるくらいで。

 後は何を入れようかな……。


 魔法付与は、魔法を発動させるつもりで浮上させた魔力を、発動させないまま物体に移す作業のことである。わたしは魔法がないのが当たり前の世界で生きてきたので、そこまで難しく感じないのだが、魔法を当たり前とする師匠や兄弟姉妹弟子はわたしよりもずっと苦手にしていた。

 流石に師匠は人に魔法を教えるだけあってかなり上手だったが、わたしは、魔法付与だけは、兄弟姉妹弟子の中で一番の腕だったと思う。


 魔法が当たり前だと、魔法を発動させるつもりで魔力を浮上させると、そのまま発動してしまうらしいのだ。発動しないけど魔力を操る、そのギリギリのラインを見極めるのが難しいらしい。

 わたしは一線を超えても、一度魔法が発動しないものだと思い込んでいれば、絶対に魔法は発動しない。だからこそ、反射的に魔法を使えないのだが。

 まあ、その辺は一長一短ということか。


 とはいえ、あれもこれも、と欲張り過ぎると時間はかかる。思った以上に時間がかかってしまい、気が付けばフィジャの分しか終わっていないのに、夕日が窓から差し込んでいた。

 下手に待ち時間とかで魔法付与始めなくて、逆によかったわ、これ。

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