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 イナリさんの突然の行動にしばらく恐れおののいていたが、ごくごくと動いていたフィジャの喉が止まり、「こふっ」と咳き込んで口の端からお酒がこぼれだしたのを見て、わたしは我に返り、慌ててイナリさんから酒瓶を取り上げようとする。

 しかし、酔っ払っても流石成人男性、奪い取ることが出来なかった。フィジャの口から酒瓶を離すことには成功したものの、残っていた中身が思い切りフィジャにかかる。


 黙っていたフィジャが、顔と胸元、服がびしょびしょになったことに気が付いて、「な、なにするんだよぉ」とべしょべしょに泣き始めてしまった。

 さっきまでシラフで、平然としていたフィジャの顔は真っ赤である。一気に酔ったらしい。


「あ、危ないじゃないですか! お酒は一気に飲んだら駄目ですって!」


 イナリさんに説教を試みるも、「僕のお酒を飲まないフィジャが悪い!」と返されてしまった。話聞かないな、この人……。

 既に潰れて寝てしまったイエリオさん、何をしても笑うだけのヴィルフさん、絡み酒がヤバいイナリさんに、なかなか泣き止まないおそらく泣き上戸のフィジャ……。


 カオス過ぎる空間にわたしは頭を抱えたくなった。

 この中で一番正気なのはまぎれもなくわたしで、イナリさんの暴走を止めることが出来るのはわたしだけ……。


 いっそわたしも酔っ払いまくって理性飛ばした方が楽なんじゃないか……? 

 余談だが、わたしは記憶をなくすくらい飲むと、脱ぎだすタイプらしい。師匠が言っていた。絶対に外で飲むときはセーブしろ、と。

 フィジャの家なら『外』ではないし、よくないか? と思い出したあたりわたしもそこそこ酔っている。思考回路がまともじゃないが、今この状況だと、まともであればまともであるほど損をするのだ。


「ほら、イナリさん、適当にご飯とかもつまんで、一旦落ち着いて」


 わたしは、わたしも酔いつぶれるべきか……とちょっと思いながらもイナリさんにそう勧める。わたしの言葉を聞いたイナリさんは、つまらなそうにこっちを睨みながらも、テーブルに載せられていた皿に手を伸ばす。


「――あ」


 思わず小さく声がこぼれた。イナリさんが手を伸ばしたのは、わたしが作ったクッキーだ。

 どうだろう、おいしいかな、とイナリさんの咀嚼を見守っていると――。


「フィジャ、腕落ちた?」


 そう、一言、イナリさんが言った。

 わたしにしては、上手く焼けたと思ったのだが。確かに、フィジャに比べたらそりゃあ、たいしたことないクッキーだけど。おいしくないかもしれないけど。

 でも、わたしのクッキーだからお世辞で褒めてくれるっていうのもなんか微妙だな、ともやもやしていると、フィジャがクッキーの皿を持ち上げた。


「イナリ、サイテー! せっかくマレーゼが焼いてくれたのに! いいもん、ボクが全部食べるから! もうイナリには一枚だってくれてやらないから!」


 そういって皿を抱え込んで食べ始める。

 しかし、泣きながら食べているからか、数枚食べ進めたところで喉に詰まらせたらしい。


「だ、大丈夫!?」


 むせているフィジャに、わたしは慌ててコップを差し出した。


「なあ、おい、それ……」


「え? ……あぁっ!」


 ヴィルフさんの声に今フィジャに渡したコップを見ると、先ほどまでわたしが飲んでいるお酒だった。冷静に考えると、今、テーブルの上に水はない。


 フィジャは、ダン、とテーブルにコップの底を叩きつけるように置くと――そのまま酔いつぶれて、机の上に突っ伏してしまった。呼吸は安定しているし、体温も低くない。点検〈ウヴール〉で一応見てみるが、異常なし、と判定がでた。

 急性アルコール中毒で昏睡しているわけではないらしい。ただ単に、寝入っているだけのようだ。


「酔い潰しちまったなあ?」


 にやにやとヴィルフさんが笑っている。わたしみたいに慌てていない、っていうことは、こうして一人、また一人と酒に酔いつぶれるのがこの四人の飲み会スタイルなんだろう。

 そりゃあ、あれだけ散乱もするわ……。


 明日の朝日、無事に拝めるかなあ、とわたしは途方にくれるのだった。

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