65

 あれからしばらくからみ酒で騒いでいたイナリさんは、ようやく満足した、と言わんばかりに、ソファで寝てしまった。


「ふぁ、俺も寝るかな」


 そう言って、ヴィルフさんはフィジャの部屋の方へと向かう。イエリオさんは床で寝て、フィジャは机に突っ伏していて、イナリさんはソファを占領しているので、そりゃあまあフィジャのベッドは空いているだろうけども……。


「片付けは……」


「そのままでいい。明日一番に起きた奴がやる。いつもそんなもんだ、お前も寝ちまえ」


 ヴィルフさんはもう一度あくびをすると、今度こそフィジャの部屋に入ってしまった。


「そのままでいいって言ったって……」


 流石に食べ残した料理くらいは片付けた方がいいんじゃないだろうか。そのままだと水分飛んでカピカピにならない?

 かといって、わたしだってそれなりに酔っている。ここを全部片付けるのは絶対に嫌だ。わたしが汚したわけでもないし、仕事でもないのに、こんな惨状をどうにかしないといけないなんて……。


「仕方ない、少しだけ片付けるか」


 別に、善意とかではなく。折角作ったフィジャの料理が、食べ散らかされたままなのが嫌なだけだ。皿は洗わないし、酒瓶だって回収しない。

 食べ残しの料理を片付けるだけ。

 フィジャたちを起こさないようにちょっとずつ、ひっそりと料理をキッチンに運び、片付けていく。ちなみに、ラップのようなものはこの世界にはないので、皿の上に蓋をするしかない。


「クッキー……どうしよ」


 まずいとは言われていないけれど、美味しいとも言われていないクッキー。

 折角焼いたのにな、と食べ残されたそれを一枚食べると、確かに微妙な味がした。わたし的にはおいしいけど、フィジャが作ったものだと勘違いして食べたら、「腕が落ちた?」という感想が出るのも無理はない。


「……料理、諦めようかな」


 クッキーが載った皿を片手に、ごみ箱の前に立つ。折角ならおいしいって言ってほしかったけど、フィジャの時間を奪って教えてもらって、練習してもこのざまだ。

 わたしが作ったクッキーを、暗においしくないと言ったイナリさんの為に努力するのもちょっと腹立たしい。わたしはそこまでいい子じゃないし。


 もしかしたら来世は自分で料理しなくていいくらいのお嬢様になれるかもしれないし、もう次は記憶が残らないかもしれない。料理のスキルを上げても意味ないような気になってきた。


「――マレーゼ……」


 びくり、と肩が跳ねる。フィジャの声だ。

 起きたのかな、とキッチンからリビングの方を見てみるが、さっきと体勢が変わっていない。寝言みたいだ。

 少し迷ったのち、わたしはクッキーをキッチンの作業台に置いた。

 捨てるのも、諦めるのも簡単だけど、フィジャと料理をするのは嫌いじゃないし。


「……もう少しだけ、頑張るか」


 その言葉は、多分、誰も聞いてはいなかったけれど、しっかりと、部屋に響いた。

 ある程度食べ残しを片付け終えると、そっとフィジャの部屋の扉を開けて、わたしの部屋へと入る。

 ベッドから掛け布団を引きはがし、フィジャが貸してくれたブランケットを一枚手に取る。


「……足りないな」


 冬の様に寒い気候ではないが、かといって夏の様な気温でもない。何も掛けないままでは風邪を引いてしまうかも、と掛けるものを探しに来たのだが、一枚足りない。


「仕方ない」


 わたしは掛け布団のカバーを引っぺがす。

 そしてリビングに戻り、イエリオさんに掛け布団を、フィジャにブランケットを、そしてイナリさんに申し訳程度に布団カバーを掛けた。……わたしも酔ってるのかな。いやでも、どこに他の布団があるか、わたし知らないし。ないよりマシじゃない?


 そうして、わたしも部屋に戻り、ようやくベッドの上に横になる。着替えに、と買った服を何枚か適当に引っ張り出して、掛け布団代わりにする。

 少しうとうとすれば、すぐに夢の中へと落ちていった。

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