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一見しては生ごみの類は見当たらなかったけど、まあ、あの散らかりようだしね……。とはいえ、あの散乱の仕方や、イナリさんの部屋での過ごし方を見るに、本人は完全に何がどこにあるのかが分かっているパターンだろう。
勝手に片付けるのも難しいか……。
今からイナリさんの部屋を間借りときが怖い。あの一晩の様に、普通に泊まれるといいのだが。
そんなことを考えていると、料理が運ばれてくる。犬獣人のお姉さんはまだ復活していないらしく、別の店員さんである。
「おいしそう!」
運ばれてきた料理を見て、わたしは思わずそんな言葉をこぼす。わたしが頼んだのは、カルボナーラっぽいクリーム系のパスタである。
いただきます、とパスタを一口食べれば、おいしそう、ではなく、おいしい、ということが分かる。フィンネルの食文化、万歳。シーバイズも悪くはなかったが、フィンネルの方が美味しいかもしれない。
とはいえ、両方とも日本人の舌を持つわたしでも美味しく感じられるので、本当に助かっている。
たとえ美味しい料理でも、癖があると日常の食事として食べ続けるのはしんどいし、口に合わなければそれだけでストレスで、まずければ論外である。
わたしがその心配をしなくてもいいのは嬉しいのだが……。
「うーん、これだけ美味しいと、わたしが作る料理、皆の口に合うかなあ……」
俄然心配になってきた。前世でも、シーバイズでも、基本的には自分が食べる為だけにしか料理をしてこなかった。たまーに師匠とか兄弟弟子の為に作ることもあったけど、それは皆が魔法研究の手が離せなくて、ろくに食事をしないときに口へ突っ込む為のものである。栄養重視だったし、空腹は最大の調味料、なんていうし……。あの師匠は味音痴なので彼の称賛の言葉は余計に信用ならない。
「イエリオはいいとこの坊ちゃんだから舌は肥えていると思うけど、お坊ちゃんだからこそ出された食事は残さないし、ヴィルフはなんでも食べるよ。イナリは……ねえ?」
言われなくても、イナリさんが食に無頓着なのは知っている。夕飯に丸パンをかじるだけの人なのだから。
「でも、折角食べるなら、美味しいほうがいいじゃない?」
食べる、食べられる、食べたい、は似ているようで皆違うのだ。
「じゃあ、ボクがつく――」
「そんなわけで、暇なときでいいから、料理を教えて貰えると嬉しいんだけど……、え、あ、ごめん!」
フィジャが喋り出すタイミングと被ってしまって、彼が何を言おうとしたのか全く分からなくなってしまった。
「いいよ、教えてあげる。休みの日が主になると思うけど」
「ありがとう! ……ごめんね、変にかぶせて。フィジャはなんだったの?」
そう聞いても、フィジャは「なんでもない!」と言うばかりだ。
変にかぶせてしまって申し訳ないな、と思ったけれど、怒ったり拗ねたりしているわけじゃないから、いい……のかな?
にこにこと笑ってるし。
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