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 一通り説明を受けたが、とりあえずフィジャのおすすめを頼むことにした。あれこれおいしそうだったけど、全部は食べ切れないし、味のイメージもいまいちわかないし。フィジャが働いているお店なわけだから、美味しいものが出てくるのは分かっているから、なんでも大丈夫だろう、という気持ちである。


 わたしはぼーっと、犬獣人のお姉さんとは別の、もう一人の店員さんの働きを見る。シーバイズにいた頃は魔法を勉強して、それを使って日々のたくわえを……みたいな、ぶっちゃけその日暮らし、みたいな生活しかしていなくて、前世は前世でウエイトレスはしたことがなかったので、どんなものかなあ、と気になってしまうのだ。バイトはコンビニとスーパーのレジ打ちくらいしかしたことがないので。


 こっちの世界だとこういう感じなのか……と見ていると、ふと、フィジャの視線に気が付く。


「あ、ごめんね」


 折角二人で来ているのに、ぼけっと他のものを見ているのはまずかったか。

 そう思ってつい謝ったのだが、「こっちこそ、じろじろ見てごめん!」と謝られてしまった。ぼけーっとしていることに、何か思ったわけじゃなさそうだった。


「その、気さくで明るい、って、初めて言われたなって。あ、皆――イエリオたちは別としてね」


 嘘じゃん。フィジャみたいな人間(獣人、というほうが正しいか?)相手を評価するなら、まずそこが出てくると思うけど。


「だいたい皆、料理のことを褒めてくれるから。あ、それが嫌ってわけじゃないんだけど!」


「えー、料理以外にも一杯いいとこあるよ。気さくで明るい、っていうのは勿論、世話焼きというか面倒見がいいし、気づかい屋だし、人がいいから話しかけやすいし、それに――」


 あれこれフィジャのいいところを、指を折りながら上げていく。まだ知り合ったばかりだから、いいところの方が目につくものだ。これから先、もっと親しくなって気を許し始めたら嫌なところも目に付くかもしれないが、だからといって、フィジャのいい点がなくなるわけじゃない。


「そ、そのくらいでいいよぉ……」


 へにょ、と眉を下げて、本気で照れて焦っているフィジャ。そういうところも可愛くていいと思う。

 でも、これ以上からかうのもそれはそれで可哀そうかな、と思って、最後に「あと部屋が割と綺麗だよね」と言ってしめた。


「……それ、イナリと比べてるでしょ! イナリの部屋と比べたら、大体の人は部屋が綺麗だよ!」


 ちょっとむっとした表情を見せる。いや、イナリさんの部屋だけじゃなくて、一般男性と比べても綺麗なんじゃない? 二人以外、他の男の部屋に上がったことないからあんまり言えないけど。師匠の部屋は……落差が激しいかなあ。研究中はイナリさんの部屋より汚いけど、研究が一段落するとモデルルームかってくらい綺麗になる。


「……まあ、皆で住み始めたら、一番の問題はきっとイナリの部屋だよね。変なきのことか生えてそう」


「家が建つ前に一時期わたしはお世話になるんだが?」


 一晩過ごした感じでは全然大丈夫そうだったけど、独自の生態系ができるタイプの汚部屋かあ、あそこ……。

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