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「こりゃ驚いた! フィジャ君、全然そんな気配なかったじゃないか!」
結婚する気配は確かになかっただろうな……交際期間ゼロだもんね。出会ってその日に結婚が決まったからね。
女の陰がなくて当然である。
「しかしまあ、そうか、結婚か……めでたいな」
よかったな、というおじさんの言葉に、フィジャは照れたように笑う。
「本当ですよ! マレーゼ……彼女がいなかったら、ボク、一生結婚できなかったろうなって」
そこまで言うか? フィジャの性格なら、そこまで悲観することもなかろうに。現に、あの犬獣人のウエイトレスのお姉さん、多分フィジャに惚れてるし……。
「マレーゼさんというのか! マレーゼさん、ズバリ、フィジャ君のどこに惚れたんだ?」
「……えっ?」
完全に話題がこちらに振られると思っていなくて油断していた。
フィジャの良いところ……?
一番に思い浮かぶのは料理の腕だが、ここに通っているのなら、そんな魅力は分かり切っているだろう。というか、料理人に対して料理が上手だから好きになりましたっていうのもな……。
確かに胃袋を掴まれるっていうのは合っているんだけど、彼の店に来てそれを言うのは違うような。だって彼と同じくらい料理が上手い人間が働いているんだから。
「……き、気さくで明るいところ、とかですかね?」
こちらに来たばかりのとき、明るく話しかけてもらったことで、安心したのは事実である。イナリさんやウィルフさんより話しかけやすいのは事実である。
うーん、上手く言語化できた気がしない。
しかしおじさんはそれでも納得したようで、「そうかそうか!」と嬉しそうにしている。
常連さんっぽいし、フィジャの結婚が、純粋に嬉しいのだろう。
「遅れてすみません、ヘルギさん。何かありましたか? 何やら大声をだしていたようですが……」
カウンターキッチンを暖簾でくぎったその奥から、優しそうなおじさんが出てくる。白髪がやたらと目立つので、一見すると結構年を取っている様に見えるが、じっくりと見ればそうでもないことが分かる。
こちらも犬獣人さんっぽい。耳の形がフィジャに片思いしている(暫定)ウエイトレスのお姉さんにそっくりだ。親子なのかな。わたしが獣人の種類を判断出来ない可能性のが高いが。
「ああ、店長。騒がしくして悪いね。いやあ、フィジャ君結婚するんだって? 驚いちゃってさあ」
常連らしきおじさんは朗らかに言う。店長と呼ばれた男性が、少し目を見開いた。
え、店長に話通してなかったの? とちらっとフィジャを見るが、慌てた様子はない。
そのとき、カラーン、とトレイが落ちる音が聞こえた。
「今の話、ホント……?」
犬獣人のお姉さんが、泣きそうな顔で立っていた。
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