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前世で英語の勉強が大嫌いだったわたしは、語彙増加〈イースリメス〉の存在を知ったとき、絶対に覚える! と頑張ったものだが、シーバイズに住んでいたころは他国出身の人と会った機会はほとんどないし、その人も皆シーバイズ語を覚えていたので、会話で苦労したことはない。
……ま、まあ今回役に立ったからいいか! 未だに習得して以来一回も使ったことのない魔法とかあるから、細かいことは気にしないでおこう。
「遅いなあ……」
ぺらぺらと頭に入れる気のない速度で絵本をめくっていると、正面に誰かが座る。ちら、とみると、ふわふわの髪の毛にツノが埋もれている女の子だった。羊の子だろうか。ぱっちりした金色の目が、丸眼鏡によって隠されている。
あんまりじろじろ見るのも悪いか、と適当に絵本のページを開いて、『貴女のことは見てません、本を読んでいるんですよ』というアピールをしておく。
しかし、別館の机はまばらに人がいるだけで、それこそ誰も使っていない机もあるのになんでわざわざわたしの前に座るんだろう、と少しだけ不思議に思う。
他人はあまり気にしない人なんだろうか、と思ったが……。
「…………」
「…………」
なんだかとても、こちらに話しかけたそうな空気を感じる。自意識過剰な気がしなくもないが……いや、でも、すごく、視線を感じるもの……。
ちら、と絵本から目線をあげれば、ばっちり目があった。
あわあわしていた女の子だったが、意を決したように、声をあげる。
「あ! ……のぅ……」
気合を入れすぎたのか、最初の声はめちゃくちゃでかかった。何事か、と顔をあげた他人の視線が集まったのに気が付いたのか、後半は一気に声が小さくなる。
「はい?」
努めて普通に返す。あんまりからかうのは駄目だ。気のしれた友人ではないし、彼女とは初対面で、知人ですらない。
「さっきの……蛇種の……男の、方が、その……」
声量を気にしているのか、ぼそぼそと聞き取りにくい声音だったが、かろうじてフィジャのことを言っているのは分かった。
「フィジャに何か用事があった? 今、本館の方に行ってると思うけど……」
「い! え……あの、その……」
力がこもったのか、またも妙に大きな声が上がる。もっとも、すぐに声量は小さくなってしまったが。
「すごく、あの、なんていうか、か、絡まれてた? 因縁つけられてた? ので、あの、本館……そう、本館で、言い合いしてたので、お連れの人なら、様子を見に行った方が、いいかと、思って、えっと……」
「えっ、嘘!」
言葉を探すように話す彼女の腰を折ってしまうのは申し訳なかったが、わたしは思わず立ち上がってしまった。
「教えてくれてありがとう! 本館のほうなのよね?」
「は、はい! えっと、二階の……あ、本棚のある二階のとこで、喧嘩? あれ喧嘩って言うのかな……。あ、と、とにかく、二階です」
「分かった、ありがとう」
わたしは再度お礼を言って、本館へと向かった。
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