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「暗号かな?」
複雑な文字列を見ながらわたしは机に突っ伏したくなった。
先ほどの本が並ぶ本館とは別のにある、勉強用の別館を借りてフィジャに文字の読み方を教えてもらうことになった。
本館にも机と椅子はあったが、あれはあくまで一人で黙って使うものらしく、声を出してやりとりするならこっちの別館をつかわないといけないようだ。
手始めに、といかにも子供向けな……それこそ、「あ・ありんこ」みたいな、文字の読みと簡単な例で一ページ使っているような絵本で勉強を始めたのだが。
「法則性が全然分からない……っ!」
シーバイズ語はほぼほぼローマ字だったので、一度法則が分かってしまえば大体はいちいち勉強しなくても読めたものだが、これはまったく分からない。
こういう法則か? と見当をつけても、次のページであっさりそれが打ち砕かれるので、もはや法則なんてないのかもしれない。
これはもう、都度丸暗記していくしかねえな……。
「でも、これ共用語だから! 一度覚えたら、世界中どこでも使えるよ!」
「へー……」
ということは、語彙増加〈イースリメス〉の恩恵が少ないということか……。この魔法、通訳としては本当に優秀で、使えると就職に困らない魔法の一つとして紹介されるほどだったんだけどな……。この世界じゃ役なしというわけか。
「この共用語、誰が考えたんだろうね」
わたしはぺらぺらと絵本をめくりながら、ぼそりとそんなことをつぶやく。
こんな分かりにくい言語を発展させるなんて! 日本人に優しいシーバイズ語を見習ってくれ!
まあ、わたしが日本語が母国語で、シーバイズ語が第二言語だから拒絶反応が出ているだけで、これが母国語になるならきっと何の違和感もなくするっと覚えたんだろうなあ。
「ボクら獣人を使った魔法使いの言葉だとされてるけど……」
「へえ……」
そいつ絶対シーバイズ人じゃねえな?
まあ、シーバイズは島の寄せ集めみたいな国だったし、大災害が具体的に何かは分からないが、世界が亡ぶような災害に耐えられるような立地だとはあまり思えない。
「あ、もしかしたら前の文字だったら見覚えあるかな。ちょっと待っててね」
そう言ってフィジャが本館へと向かう。前の文字? 共用語にも旧字体というものがあるんだろうか。
文字自体はシンプルなので、簡素化されたものと言われても納得できる。
これで前の文字に覚えがあれば、まだ多少は勉強のハードルが下がるだろうか。
っていっても、わたしが分かるの、日本語とシーバイズ語しかわからないけど。エディス語とルパルイ語も多少は分かる。
エディス語は、わたしの魔法の師匠が、エディス王国という国の出身だったので、あいさつとか、つい出てしまうスラングとか、妙に偏った言葉だけ知っている。ルパルイ語の方は、隣国だったので輸入品の名称だけなんとなく分かるのだ。野菜とか、くだものとか、そういうものの名前を行商人に少し教えてもらった。
エディス語は読み書きできないし、ルパルイ語は読むしかできないので、習得しているの範囲に全然当てはまらないとは思うのだが。
「……あれ」
というか、よくよく考えるとシーバイズにいた頃も語彙増加〈イースリメス〉の恩恵を受けたこと、そんなにない気がする。
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