10

 ほとんど犬と変わらない彼は、いじめられることもあったのだろうか。いや、もしかしたら、迫害レベルの可能性もある。わたしはあまり気にならない……というかむしろ、あのふわっふわな毛を触らせてほしいと思うのだが。


 とはいえ、ずっと他者に虐げられて生きてきたのであれば、ポッと出の人間に会うのも抵抗があるだろう。


「彼女と結婚しないと君が死ぬかもしれないんだよ! 遠い未来に飛ばされた彼女も覚悟を決めたんだから、ウィルフも我慢して!」


 引きずられながらもなんとか抵抗する姿勢を見せるイナリさん。


「人間との結婚を『我慢』と来ましたか……」


「まあウィルフのことを考えたら無理もないよ。ボクらとつるむようになって以来、友人どころか知人すら増えてないでしょ。今から関係築くの、それなりにストレスだとは思うけど」


 ぼそぼそと小声で話し合う二人。予想以上にウィルフさんと仲良くなるのはハードルが高そうだ。


「ちなみにそれはどのくらいの期間なの……?」


 試しにフィジャへ聞いてみると、「三年くらいかなあ」という答えが返ってきた。三年か。それは確かに、新しい人間関係を作るのは躊躇しそうだ。


「マレーゼさんは、彼を見てなんとも思わないんですか?」


「え、特には。ふわふわした毛並みだなあとしか。ファンタジーっぽくてかっこいいですよね、二足歩行の動物って」


「そう、ですか……。千年前の人間は皆、こんなにも寛容なものなんでしょうか」


 それは個人によると思うけど……。とはいえ、今更確認のしようもない。「人ぞれぞれじゃないですか」と返しておく。

 しかし、そういう反応をするということは、この時代の人間はそうでもないのか……? とちょっと思ったけど、そういえば人間はほとんど貴族とかと結婚しちゃうんだっけ。だったら聞いても分からないか。


 そんなことを考えてると、赤の瞳と目があった。ウィルフさんの赤。


 揺れる視線に、やばい、と思った。

 それは一瞬のことで、ガッとイナリさんが振りほどかれる。先ほどまでとは違う、切羽詰まった抵抗。


「ちょっ……」


 イナリさんが抗議の声をあげる暇もない。あ、と思わず声をあげてしまうと、ウィルフさんの肩が大げさなまでにはねる。

 そして、ウィルフさんは素早い動きで逃げ出した。目にもとまらぬ速さ、というのはこういうことをいうのだろう。

 わたしは扉を開けた。


「すみません、のぞき見なんかして。わたし、追いかけます!」


 放置していても先に進まない。

 絶対に連れて戻ってくる。


 三人にそう言い残し、わたしはウィルフさんの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る