09

 イエリオさんの説明を受け、わたしは猫にしようかなあ、と考え始める。鼠よりは猫の方が好きだし。人間に近い方がいいなら、たれ耳にしょうかな、と思っていると、イエリオさんが再び口を開いた。


「……とりあえず、私たちの中と同じ種は駄目です」


「駄目、なんですか?」


「どうしても、というのならやぶさかではありませんが……絶対に喧嘩になります」


 なるほど、と納得せざるを得ない回答だった。


「とりあえず……猫でやってみましょうか」


 わたしは立ち上がってスコティッシュフォールドをイメージしながら「変態〈トラレンス〉」と呪文を口にする。

 頭頂部と耳、尾てい骨の当たりに違和感。痛くはないが、微妙にかゆい。我慢できないほどではないが、つい手を伸ばしたくなってしまう。ここで欲に負けて掻こうものなら、猫耳やしっぽはずたずたになってしまうのだが。


 ぐっとこらえること数十秒。かゆみが収まり、そっと頭に触れてみる。うん、人の耳が消えて、代わりに猫耳が付いている。まだ慣れないので、耳やしっぽを動かすことはできないが、触るとちゃんとその感覚があるので、問題なく変われたようだ。


「どうでしょう、変じゃないですか?」


 くるり、とその場で一周してみる。この世界の猫獣人がどんなものか分からないので、前世で漫画なんかでよく見かける猫耳、猫しっぽをつけてみたのだが、大丈夫だろうか。


「いいと……思います」


 どこか歯切れの悪い言い方だったが、イエリオさんの目を見れば、それが悪い意味でのどもりでないことは分かる。……そういう風にみられるとなんか照れるな。

 しかし、結婚するというのはそういう空気になることも多いわけで。


 これから大丈夫かなあ、と今更ながら不安になってきていると――。


「知らねえ! 俺は行かねえからな!」


 ――そんな怒鳴り声が聞こえてきた。


 明らかに揉めているのが分かる。イナリさんの声はあまり聞こえないけれど、ウィルフさんの怒鳴り声だけはハッキリと聞こえてきた。

 あまりの大声に、思わずフィジャと顔を見合わせてしまった。

 見に行った方が良くない? という目線を送ると、彼もまた同じことを考えていたようでこくりと頷いた。


 こっそりと扉を開け、隙間から覗いてみると、二足歩行の犬獣人――もとい、ウィルフさんがどこかに逃げようとしていた。それをイナリさんが引き留めようとしているようだが、ウィルフさんの方が力強いようで半ば引きずられてしまっている。


「ウィルフは私たちなんかよりもずっとこじらせていますからねえ」


 ささやくような小声が背後から聞こえてくる。イエリオさんの声だ。

 ちらっと後ろを伺えば、困ったような表情を浮かべた彼が立っていた。


「人に近いほど魅力を感じるボクらだからね。ボクやイナリくらいだと『モテない』程度で済むけど、ウィルフくらいまで来ると……」


 フィジャの声も暗い。

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