08

「ここの国だと、結婚ってどうするんですか?」


 ちなみに、シーバイズには、現代日本にあった紙の婚姻届けのようなものはない。戸籍制度自体がないからね。

 島長(しまおさ)という、領主に相当する人物に直接報告に行き、祝福と契約の魔法をかけてもらうのが結婚の儀式になる。


 千年も経っていれば結婚の形式も変わっているだろう。そう思って聞いたのだが、空気は依然、重いまま。


「……本気なの? 本気で、僕らみたいなのと結婚するつもり?」


「本気も何も、奇跡を起こしたんですから」


 拒否権などないのだ。わたしにも、彼らにも。

 とはいえ、生理的に受け付けなさそうな人間ではなく、顔のいい若い青年でよかった、と思っているのは内緒である。わたしだって人間ですし。生理的に無理な相手より、かっこいい相手の方を選びたくもなりますよ、そりゃあ。


「一応言っておきますが、選択肢がないから仕方ないなあ、とは思ってますけど、魔法で感情を操られてるわけじゃないですからね」


 もちろん、希望〈キリグラ〉にかかれば感情を操作することも簡単だ。けれど、その場合、過去の感情は変わらない。

 今までは嫌いだったけど運命を感じて好きになってしまった、みたいに、一瞬にして感情が変わる。その過程がない以上、わたしの中身まで作り変えられたわけじゃないのだ。


「……後悔しない?」


 そう聞いてきたのはフィジャで。

 後悔もなにも、選択の余地がないのだが――彼の表情を見て、正直に言うのをやめた。苦し気なその表情は、奇跡にすがる表情そのものだった。


「大丈夫だよ。えっと……あと一人いるんだよね? 名前……なんだっけ。彼にも話した方がいいんじゃないかな」


 適当に誤魔化して、さらっと流したのがバレないように、わたしは返事をする。

 「ウィルフだよ」と言いながら、イナリさんが立ち上がった。


「僕が呼んでくる。待ってて」


 そう言って、イナリさんは部屋から消える。

 一瞬、部屋に再び沈黙が訪れるが、わたしはすぐに話題を提供した。そろそろあまりにも落ち込んだこの空気をどうにかしたい。


「そういえば、わたし、変態〈トラレンス〉を使って獣人を装うと思うんです。話を聞くに、人間だと目立つようなので。何がいいですかね?」


 変態〈トラレンス〉は見た目を変化させる魔法だ。髪色や瞳の色、体系なんかも自由に魅せられるので、女子人気が高い魔法である。実際に体のつくりまで変わるものであり、見た目を別に見せる幻覚の魔法、変幻〈ジーレンザ〉よりやや難易度が高い。


「猫種か鼠種辺りがいいのでは? 気まぐれな女性が多い種ですし、私たちのようなはぐれものと結婚しても、変な目で見られることはないでしょう」


 猫が気まぐれなのは分かるが鼠もなのか……。

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