訳あり物件

ネコ エレクトゥス

第1話

 先日ある訳あり物件に偶然に、本当に偶然に入る機会があった。そこに住んでいたという人が数年前に自殺したという。話には聞いたことがあるが実際にそんな機会に接するのは初めてだった。不動産屋ではそういうことがあるとしばらく部屋を放置しておくらしい。ほこりが積もり壁紙が黒ずんで剥がれかけている。事情を知ったからそう思うのかもしれないが本当に陰鬱な光景だった。そこにはいったいどんな人生があったのか。


 それは建物の感じから築二十年前後の賃貸アパートで、駅からは少し離れているが周りの建物からの距離もあるし、付属の広い駐車場もある。部屋の広さは新婚の夫婦や小さな子供のいる夫婦なら十分といったところ。東京の郊外でのんびり子育てしたいとかいった人たちにはちょうどいい物件と言えると思う。ただ築年数と部屋の広さから考えると家賃はそれなりにするんじゃないだろうか。

 で、その問題の部屋なのだが、一階の一番はじに位置している。建物自体が南北に細長い設計なので、一番北に位置していることになる。窓は西側に大きくとってある。こういう部屋だとどいうことが起こるかというと非常に湿気がたまりやすくてジメジメしている。僕が見た壁紙の剥がれも湿気の多さがもたらしたものだと思う。そして冬は恐ろしく寒い。日の光が差し込むのはお昼近くになってからということにもなる。この部屋の印象を一言で例えるならこうなるか。「地下室」。

 自殺した人はこの地下室の住人だった。

 あの部屋の汚れ具合から考えると少なくとも十年ぐらいはあの部屋に住んでいたと思われる。築年数も考慮に入れるならまだ新築に近い状態だったアパートに入居したことになる。ほぼ新築に近いアパートでの新たな生活。家賃のことも考えるとその人は相当順調な生活を送っていたのではないか。

 だが次第に生活が暗転する。そして湿気の多い「地下室」での生活。普段迷信の類はまったく気にしない僕だが、今回の件はさすがにいたたまれなくなった。思わず手を合わせてしまった。


 実は僕にも似たような経験がある。非常に条件のいいアパートに一人で住んでいた。ただいろんなことがあっていつもイライラしていた。だからあの誰かはもしかしたら僕だったのかもしれない。

 僕はどうやってその状況から抜け出したのかというと、仕事をやめて幾らかあった蓄えの続くまで、3年ほど好きなことばっかりやって暮らした。ただいつの日にか蓄えの続くまでを通り越していった。そして家賃を滞納してその部屋を退去する羽目になった。そんなことで今の安アパートに住んでいる。そして前の部屋の近くをたまに通ることがあるのだが、あの部屋は訳あり物件にならずにちゃんと人が住んでいる。加えて言うならあの部屋は南向きだった。




 

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