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「ちなみに、わたしが達成できそうなものってありますの?」
わたしの質問に、マルシは顔をしかめた。ああ、ないのか……。
「一番難易度が低そうな依頼が討伐系だからなあ……」
ちなみに何の討伐かと聞けば、ミネラクルーテだと言われた。
のっそりと遅く、魔物にしては気性が穏やかな質だが、とにかく頑丈だ。体を覆う甲羅や腹甲はすさまじく固く、伝説級の魔物の攻撃すら防ぐという。甲羅に手足や頭を引っ込まれる前に頭をどうにかするか、甲羅をはいで中身を叩くのが主流の倒し方だったはずだ。
甲羅をどうにかすればいい、という話だったら簡単だったのだが。中身の本体は、甲羅に比べて頑丈ではない、というだけで、本体も本体で充分に強度がある。少なくとも、わたしの力でどうこう出来るように思えない。
「討伐の依頼は流石に無理ですわ」
「分かってるよ。とすると採取系か生成系になるんだけど……。採取はさっき言ったみたいに、場所が場所なところにあるものを採ってくるものばかりだから……」
となると、必然的に生成系となる。
「生成系の依頼は、物を作って納品すれば終わるんだけど……」
「何を作ればよろしくて?」
マルシが上げたのは、どれもこれもなかなかに難易度の高いものだった。
体力や魔力の回復薬、傷薬に栄養失調にならないための補強薬。
効果を一つに絞れば簡単なのだが、求められているのは複数の効能のあるもの。
エンティパイアにいる間に勉強していたので、知識としてはある。作り方は分かるのだが、作ったことのあるものは一つもなかった。
「あー、あとは……いや、でも、これはなあ」
「なにかまだあるんですの?」
マルシの表情は、言うかどうか迷っているものだった。言って、と何度かねだってみると、ようやく彼は続きを話してくれる。
「その、さ。……避妊薬と媚薬、とかも一応、依頼としてある……んだけど」
マルシは顔を赤らめながら、そういった。まあ、異性にさらりと伝えられる内容ではない。ましてや、元お嬢様相手に。
それは分かるのだが、もじもじと言わないでほしい。ただの納品の薬として終わらせられるものも、なんだか気恥ずかしくなってくる。
それはそれとして、すべてひっくるめて考えると、避妊薬が一番作りやすい。ついで媚薬だ。
薬の作りやすさは、効果よりもいくつ効能をつけるかで変わってくる。だからこそ、子供を作らない、というたった一つだけの効能を求められている避妊薬が一番作りやすく、興奮させる、感度を上げる、という効能が二つだけの媚薬が二番目に作りやすいのだ。
「でも……避妊薬や媚薬をどうして冒険者ギルドが? 商人に頼めばいいのではなくて?」
「いや、ここは島だからね。強い魔物が生息する海が半面にあるから、あんまり海路は使えないし、かといって転移魔術で荷物を運ぶとそれなりに高くなるし。だからギルドで材料調達してもらって、作るほうが安いんだよ」
「なるほど……」
加えてこの島、娯楽施設があまりない。エンティパイアに比べれば、本当に小さな島で、街は一つ。ということは自然と遊ぶ内容も限られてくるわけで。媚薬はともかく、避妊薬の需要は高そうだ。
「材料を採取するところからが依頼、というわけではないですわよね」
「流石にそんなことはないよ。作って納品すればよし。材料はアルにでも取ってきてもらえば?」
「そうしますわ。……ああ、そういえば、前から気になっていたのですけれど。どうしてアルベルトはあんなにわたしによくしてくださるのかしら」
話の流れで気になっていたことを聞いてみたのだが、ぎょっとした顔をされてしまった。僕に言わせるの? みたいな顔をしている。
「わたし、好かれるようなことはなにもしていないと思うんですのよ」
友人、ということならばまあ納得できなくはないのだが。男女のそれとしての好感度が上がるようなことは何もなかったように思う。
不思議で仕方がない。
首をかしげると、マルシは呆れたような表情を見せた。
「それ、アルには絶対言わないでよ。恋なんて、合理的なものじゃないから、分からなくても仕方ないんじゃないかな」
「そんなものかしら」
幼いころから婚約者が決まっていて。色恋なんて、必要なくて。使用人がきゃあきゃあと色めき立つ話の一つ、という印象しかない。
というより、彼がわたしを『そういう意味で』好きなのは、確定なのか。
マルシに問おうとして――口を閉じた。実に情けない顔をしていたのだ。やってしまった! どうしよう! と言わんばかりの焦りっぷりだ。
アルベルトは、わたしへの想いを隠しているつもりなのかもしれない。
この顔の人間にせっつくのは非情が過ぎる。辞めてあげよう。
「――それでは、依頼の受注の仕方を教えてもらってよくて?」
露骨な話題そらし。あからさま過ぎたか、と思わないでもないが、『これ以上その話をするつもりはない』という意味を込めての話題転換なので、伝わればそれでいい。
マルシにも伝わったようで、あからさまな安堵の息を吐いていた。
「じゃあ、受付に行こうか。あ、カフスは忘れずにね」
「ええ」
このまま出かけてしまうのでは、依頼物を放置しているわけにはいかない。
わたしはダガーをしまい、修理店の扉の鍵の通った紐を首から下げ、店を後にした。
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