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「依頼を、ですか……?」


 わたしは、それまで修理していた術具のダガーを作業台に置き、思わず眉をひそめた。

 それは、先ほどわたしに依頼を受けてほしい、と言ってきたマルシも同じだった。

 ――ギルドに登録している以上、一度も依頼を受けないのは見過ごせない。規則だから。

 そう、ギルド長から言われたそうだ。

 ギルド登録しないと、ギルド施設で修理店を開くことはできない。だからこそ、しぶしぶギルド員の登録をしたというのに。

 わたしに戦闘能力があると思っているのだろうか。……思っているのかもしれない。

 確かに、攻撃系の魔術を使えないわけじゃない。けれども、それができたとして、己の血すらそうそう見たことのない箱入りお嬢様が、戦場に出されてどんな役に立つというのだろう。


「薬草採取とか、そういうのでもいいらしいんだけど……」


 薬草の生える場所はここからやや遠い、街の外。

 魔物はどこにでも現れ、唯一、絶対の安全地帯は整備された都市のみ。

 つまり、この街から一歩出てしまえば、いつ魔物と遭遇してもおかしくはない。

 討伐系の依頼でないにしろ、魔物との戦闘技術は要求される。


 しかも、ここ、ランスベルヒ島は上級、もしくは上級寄りの中級冒険者が集まる場所。魔物の強さも、当然比例している。下級冒険者にすら負ける自信があるわたしが出て行って、一体どう無事に帰って来いというのか。

 かといって、じゃあ冒険者やめますね、とは言えない。

 他の場所で修理店をしようにも、ギルド施設の近くは地価が高い。この街どころかこの島で一番人が集まるところなのだから、当然だ。そして、そんな場所で店を出せるほど、わたしの懐は温かくない。日々の生活をようやく過ごせるほどの金しかないというのに、どう建物を買えというのか。

 現実的じゃない。なにもかも。


「アルは上級冒険者だからなあ。下級と一緒に依頼をやらせるわけにも……。かといって僕が戦闘スキルあるわけじゃないし……いや、男としての力はあるから、フィオディーナさんよりは強いけど、魔物から守れるかって言うと、ちょっとねえ」


 対人間ならまだしも、対魔物は到底無理らしい。

 そもそも、下級冒険者がランスベルヒにいるほうのがおかしいのだ。もっと、弱い魔物の発生地帯の近くにある街のギルドからスタートし、経験を積んでいくのが本来の冒険者の姿。

 十何年、何十年、と経験を積んできた冒険者たちが集まるようなギルドからスタートするわたしが悪い、と、事情を知らなければ他の冒険者はそう言うだろう。

 チームを組もうにも、今、ランスベルヒにわたし以外の下級冒険者はいない。

 冒険者間では、同級の冒険者と組むべし、という暗黙ルールがあるらしく、どうしようもない。

 完全に詰んでいる。


「術具修理は依頼とかに入りませんの?」


 そもそもわたしが冒険者登録をしているのは、術具修理をするためである。このまま放っておいてくれればいいのに……。

 わたしがそう思っているのが伝わったのかは知らないが、マルシは困ったような笑みを浮かべるばかりだ。


「うーん、あれは本来職員の仕事だから……」


 じゃあわたしが職員になれば、と言おうとしたところで、先に「でも職員にはなれないし」とマルシに言われてしまった。


「ギルド施設の職員になれるのは中級冒険者以上だけなんだよ。冒険者としての勝手がわかっていないと仕事がやりにくいし、冒険者同士のもめ事を力で解決しなきゃいけない時もあるしね」


 それは確かに無理そうだ。中級冒険者になって職員として働くよりも、一回だけの依頼をこなしたほうが絶対に速いし、現実味がある。ちなみに食堂のおばちゃんまでもが、元は中級冒険者だったそうだ。


「……どうしても、受けなくてはダメなのでしょうか?」


「うーん、どうしても、だねえ。ギルド登録すると、ギルドの施設が使えるようになるじゃない? 食堂とか、浴場、あとは宿。宿なんかは最低限だけど、それでも外で済ませるよりこっちのが断然懐に優しい。それを無条件で使えるとなると、大変なことになるだろ?」


 確かに、ギルドに登録しているだけで、仕事をしなくても生きていけるだけの保証を受けられる。それこそ最低限の扱いだとしても、外で乞食をするよりはよっぽどいい暮らしができる。

 そんな状況に甘んじる人が増えると、本来使うべき、きちんと依頼をこなす冒険者が施設を使えなかったり、純粋に施設から人があふれたりするのだろう。


「だから、二季中に一度も依頼を受けない冒険者は資格をはく奪されて、その後十季は再申請できないようになってる」


 私がこのランスベルヒにやってきたのは春が終わる頃。

 冒険者登録をし、店を開いたのが夏の初日。そこから十数日経っているが、夏と秋の間にどうにかしないといけない、ということか。

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