12

 ギルド施設内でわたしが利用する、フィオディーナ修理店以外の区画は、おおよそ倉庫と食堂のみ。

 宿は外に取っているので、ギルド施設の寝床は使ったことがない。マルシから頂いた宿の期限が過ぎたころ、使ってみたらどうかという言葉をいただいたが、丁重にお断りした。

 前世の記憶がよみがえってから、ある程度、生活の質の低下には耐えられるようになったとは思っていたが、あれは無理だ。

 寝れればいい、という最低限の部屋。ベッド代わりに木箱が置かれ、質の悪いシーツが置かれているだけ。しかも相部屋。

 絶対無理、という瞬間的判断により、やや値は張るがそこそこの宿に身を置いている。

 というわけで、ギルドの受付――どころか、依頼の張り紙が貼られている壁区画に来るのも初めてなのだが。

 マルシと二人で、生成系の依頼物が貼られている場所で、よさげな依頼を探す。わたしは避妊薬か媚薬の制作でいい、と言ったのだが、生憎すでにほかの誰かが終わらせてしまっていたようだ。

 どれが一番安全か、ということを話しながらマルシと物色していると、後ろから声をかけられる。


「フィー?」


 振り向いてみれば、そこにはアルベルトが。今は通訳してくれるイヤーカフの術具をつけているのはわたしだけなので、わたしの言葉は彼に伝わらない。

 マルシがアルベルトに事情を説明すると、どんどん彼の表情が曇っていく。

 ――と、マルシが気の抜けた声を上げた。二、三言、アルベルトと言葉を交わすと、こちらに話しかけてくる。


「フィオディーナさん、予定を変更しよう。薬の依頼はなかったわけだし、ランスベルヒの依頼を受けるんじゃなくて、どこか、もっと安全な依頼を受けられる土地に行こう」


「え?」


「ギルドの依頼って、全部同じところで受け付けしてるんだよ。それで、ギルド職員が分別して、適切な支部施設に配るんだ。で、そこの施設を使う冒険者が依頼を受ける。だから、もっと、下級冒険者がいるようなところに行こう。そうしたら仲間も探せるし」


「え、でも、どうやってそこへ?」


「ほら、ここには転移術士いるから。僕としては、ランスベルヒ内でささっと終わらせたほうが早いかと思ったんだけど、薬の依頼がないんじゃあね。危ないし」


 目からうろこ、である。

 生まれも育ちもエンティパイアで、一生をその土地で過ごさねばならなかったわたしにとって、外へ行く、というのはなかなかに意外な発想だった。転移術士なんて、そんなに人数もいないし。

 しかし、言われてみればそちらの方が安全そうだ。


「今受けてる修理の依頼、どのくらいで終わりそう?」


「ええと……明日には、おそらく」


 三件ほど予定が詰まっていたが、頑張れば今日明日で終わらせられるはずだ。

 ああ、いや、もう一件あった。


「マルシ、アルベルトにフォイネシュタインがどのくらいで手に入りそうか、聞いてもらっていいでしょうか?」


 フォイネシュタインがないから修理できず、取ってくるよう頼んだのが二日前だ。

 いまだにフォイネシュタインをもらっていないから、修理も保留になっている。

 マルシによると、アルベルトは、フォイネシュタインはもうあるが、わたしの依頼を優先してくれて構わない、と言っているらしい。

 そちらの方が先に言われた案件なのに、と言ってみたが、再度、大丈夫、と言われるだけだった。

 まあ、アルベルトのフォイネシュタインはただの装飾としてしか機能していなかったので、実際の戦闘に影響がでることでもないのだろう。

 わたしはありがたくお言葉に甘えて、後回しにさせてもらうことにした。


 結果として、三日後にエステローヒという街に行くことになった。東西南北の主要国各地にある『はじまりの街』と言うべき街の一つで、駆け出しの冒険者にふさわしい街なのだとか。

 世界四大新人冒険者御用達街の中で、西に位置するエステローヒが最もランスベルヒに近いらしい。近い、といっても残り三つに比べたら、の話で、先の見えぬ海を越え、国一つ越さなければならない。

 まあ、今回は転移魔術を使ってしまうので関係ないのだけれど。


 国土追放とは違う、安全な旅路で訪れる新地に、わたしは少しだけわくわくと胸を高鳴らせていた。

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