第17話夜間高校休学

 普通は4年で卒業だが、1月に入った時に担任に出席時間が不足で卒業は無理だと言われたのだ。

 後にしてみればこれは単なる警告で有って、同じくらいの仲間が結果的に補修授業という形で全員卒業したのだが、私は即座に来年の8月まで休学を決意した。

 結果的に1学期多く通う事になるので時間不足は解消されるし、その頃は大きな工場の建設を任されていたし、職人達と一緒に飲み食いもしたかったのでの判断。

 学校側では多分このまま復帰せずに退学するだろうと考えていたらしいが、私はそんなつもりは毛頭なく、ごく当たり前に1級下の学年に平気で9月から出席した。

 担任も多分驚いただろうが、クラスの中でも一目置かれ、何かというと意見を求められたりしたものだ。

 当時の酒田は流石に女郎屋は無いが、料亭、クラブ、バー等々現在とは違って賑やかな夜の街が有った。

 そんな夜の街を毎晩のように遊び歩いた青春を、今となってはもったいないとも思いながらも、貴重な経験でも有るとの複雑な思いである。

 然し卒業はしたものの鉄工業界は大きな不況が続いて、毎日ぶらぶらとやる事も無く、パチンコもやる金もなく、結婚した姉の夫の口利きで千葉に行って鉄工関係をやってる従弟が忙しいので手伝いに行くかと持ち出した。

 半年くらいならと思ってOKして、9月に習志野に来たが酒田とは打って違いで、雪は降らないし、仕事も遣り易いし何といっても賃金が良い。

 それにびっくりしたのは、隣の大家さんの床の間にある掛け軸に羽黒山、月山、湯殿山となっていた。

 このあたりの男子は40歳になると奥州参りなる団体旅行の風習があるとか、家の頭首になって改めてお伊勢参りをするのだそうだ。

 所謂若頭達の息抜きの旅だったのであるが、そういえば羽黒山には多くの宿坊が有って、先祖代々の宿帳や記念碑が有ると習志野に来て知ったのだが、習志野高校が甲子園で初優勝したのもこのころだった。

 確かに千葉市でも小さな神社には出羽三山の碑はよくあるのでこの地の古いしきたりを感じているこの頃です。

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