07

 鴻子さんに案内されたのは、裏庭だった。いかにもメイドさんたちの仕事場! みたいな感じだった。洗濯場というのだろうか、窓からは洗濯機が並ぶ様子が見えるコインランドリーみたいな小屋と、その隣には物干し竿がたくさん並んでいた。

 というか、洗濯機あるんだ……。そりゃあ、まあ、あるか。現代日本水準みたいだし。

 井戸もあるけれど。あれは手洗い用なのだろうか。

 しかし、わたしがこんなところに来てしまっていいのだろうか。

 一応、先ほどまで着ていたいかにも貴族みたいなドレスは脱ぎ、質はいいもののデザインは落ち着いたワンピースに着替えた。

 あんなドレスで外になんて絶対出たくない。汚したらどうするのだ。

 もともと、絶対にあのドレスを着なければならない、というわけでもないし。ただ、貰ったのにも関わらず、着ないというのは申し訳ないので、着ていただけだ。室内にいる時しか着用していない。


 裏庭にある木の枝を伐採し、形を整えている庭師の一人に、綿鷺さんがいた。

 確かにこう見ると、綿鷺さんはそこまで歳がいっているようには見えなかった。若い、と言われて見ているから、というのもあるだろうけど、動きが若い。

 しかし、綿鷺さん、どうしてクマなんかこしらえてるんだろう。庭師なんて体を使う仕事だったら、夜はぐっすり眠れるものだと思うんだけど……。

 じい、と彼の顔を見ていると、こちらに気が付いたようで、目を丸くしていた。


「――あっ!」


 さらにはバランスを崩し、脚立から落ちていた。え、嘘、今頭から行かなかった!?


「だ、大丈夫ですかっ?」


 思わず駆け寄ってしまう。そこまで高い位置からの落下ではなかったけれど、なにせ頭から落ちたのだ。甘く見るわけにはいかない。

 しかし、よろよろとしながらも、綿鷺さんは立ち上がる。


「へ、平気です。お見苦しいところを……」


 ふらふらとしながら、脚立に再び上ろうとする彼の肩を、思わず掴んでしまった。


「いやいやいや、今頭から行きましたよね!? 少し休むか、怪我の具合見てからの方がいいんじゃ……」


 わたしはそういうが、それに賛同してくれる人は誰もいない。他の庭師は我関せず、といった風に仕事を続けるし、鴻子さんに至っては、「汚れてしまいますよ」とわたしの心配をしてくる始末だ。

 いや、おかしくない?

 女と関わりたくないから、そっと見て見ぬふりをするのも、男を下に見るのが当たり前の中で生きてきて、怪我をしても手を差し伸べないのも、分からなくもないけれど、怪我人に手を差し出さないのは、どうかと思う。


「……やっぱり、休んだ方がいいと思います。頭を打ったのだから」


 勇気を出して、強めに言ってみる。あまり他人に意見を押し付けるようなことはしたことがないが、ここは譲れない。

 こんなにも、今にも過労死しそうな顔をした人が頭を打っておきながら仕事に戻ろうとするのを放置できない。


「……分かり、ました」


 わたしが強く言えば、男の彼は反論できないようだった。意図してしたことではないけれど、結果オーライ、というやつだ。


「ふらつくようでしたら、手、貸しますよ」


「そ、そこまでしていただくわけには……!」


 ぎょっとした様子で、綿鷺さんは頭を下げ、逃げるようにどこかへと言ってしまった。

 女の手を借りるわけにはいかないなんて、この世界の男は大変だなあ、と思ったが、よくよく考えればわたしはお飾りとはいえ未来の妃。

 使用人、という立場になるであろう庭師の彼が、妃に介抱されたとあってはまずいか。


 ――使用人と妃、か。


 綿鷺さんとの間にあるのは、性別の壁だけでなく、立場の壁もあるのだと気が付いてしまった。

 だからなんだという話だけれど、確かにさみしさのようなものを感じてしまった。

 わたしは生涯、あの人と対等に話ができないのかもしれないのだから。

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