第8話 下調べ
行政区に到着した一同は詰襟を着た人々が行き交う中入り口に"生活管理局"と交易語で掲げられた建物に入る。清潔感溢れる内装の中一目で冒険者と分かるレジス達は依頼主らしき人物に即声をかけられた。
「君達が依頼を受けてくれた冒険者だね。私が当局の水道管理課のマゼラだ。詳しくは応接室で話そう。」
にこやかに迎え入れてくれた恰幅の良い男性…マゼラは階上にある応接室まで案内する。
「改めて。この度は依頼を受けてくれてありがとう。新米の中でも今後に期待されているらしいじゃないか。名は何というんだい?」
レジス達はそれぞれ自己紹介を行う。マーレーが自己紹介をした時には「成る程…。」と深く頷いた。恐らく期待されている理由が分かったのだろう。
「何、期待感をプレッシャーとして感じる必要はない。君達は君達がやりたい様にこれから冒険していくといい。さて。それでは本題に入るが…冒険者として日の浅い君達には勉強ついでに細かく説明しよう。」
立ち上がりながら気前よく言ったマゼラは棚にしまわれている書類から幾つかを取り出し四人に見せる。
「まずはこれが下水道の地図だ。後程複写すると良い。入り口になっているのは行政区の北端。ここから入ってもらう。で、問題になっているのは暫く進んだこの辺り。この分岐路を右に行くと居住区の下水道と繋がっているのだが、最近謎の音が響いているという。なんとも言えない音だそうだ。恐らくは何処かから流れてきた水棲の魔物だと思うのだが…確かめてきて欲しい。」
マゼラの説明を聞いて頷いた一同を見て次の資料を見せる。
「ただ冒険を始めたばかりの君達には無知なまま戦闘を行うと特性を知らずに戦う事になる。本来なら冒険者として知識を蓄えておくべきだが…今回は特別だ。過去に纏めた下水道での討伐資料の中で可能性の高い物を幾つか覚えておくといい。」
「ありがとうございます!」
早速目を通す。過去の資料にはジャイアントラットやウォーターインセクトという水棲の虫
などの詳細が纏められていた。
一通り目を通す中で何かに気付いたキリがマゼラに質問をする。
「…ところで、これらの魔物の中で可能性のある物は?いずれも音がしたところで鳴き声や蠢く音と報告されそうな魔物ばかりですが。」
「ふむ。キリさん、慧眼だ。その通り。ちなみに何故そう感じた?」
「そうですね。今回魔物の討伐と依頼されている以上何かしら確認した上で組合に依頼を出している筈です。更にここまで綿密に魔物の資料があり特徴が書いてあるなら、依頼内容に個体名が記載されてもおかしくはありません。例えば…"下水道に住み着いたジャイアントラットの討伐"と言った形で。しかし今回の依頼には謎の音がする、魔物であるとしか情報がありません。つまり得体の知れない相手の可能性の方が高いかと。」
キリの仮定を黙って聞いていたマゼラは全てを聞いた所で目を閉じて一考する。そしてお見事と呟いた。
「とても素晴らしい。情報に流されない思考力、それはパーティの要となる。…では改めて依頼を伝えよう。下水道の分岐点付近に未知の魔物が住み着いた。その魔物の討伐と、出来るならば特徴を調べてくる様に。報酬は1人銀貨5枚。対象の完全除去と情報の明細確認ができた場合それぞれ追加で銀貨1枚与える。期限は1日。可能か?」
「…お受けします!」
「ありがとう。それでは健闘を祈る。」
にこやかにお辞儀をしたマゼラに見送られ一同は応接室を後にした。
「とりあえずあの資料にあった魔物ではない事が分かったけど結局相手がわからないまま戦う事になるのか。」
レジスが悩ましげに呟くとキリは頭を横に振った。
「いえ、恐らくあれは今回の依頼とは別に住み着いてる可能性があります。ですのでそれらの討伐をしつつ、謎の魔物の対応をすると考えていた方が正しいかと。」
「うげぇ…て事は沢山倒さなきゃいけないのかなぁ…。」
ラフィンが項垂れているとマーレーは何か考えていたらしく、上の空になりながら呟いた。
「もし未確認の魔物という事が分かっているなら何かしら調べた筈…。となると道中の他の魔物はある程度討伐されてるのでは?」
「…確かに。そもそも未確認と分かっている時点で目撃情報があった可能性がある。もう一度マゼラさんに会って先遣隊の有無を確認しよう。」
階段の途中で立ち止まった一同は再び応接室へと踵を返す。すると少し驚いた様子でマゼラは微笑んだ。
「何か聞き忘れですかな?」
「ええ。確認したい事が。…今回の件について先遣隊が派遣されてると思うのですが、その調査報告について教えて頂ければ。」
「…よく気がついた。素晴らしい。本当に新米かね?」
苦笑しながらもマゼラは一同を褒め、先遣隊からの調査報告を伝えた。
「曰く未確認の魔物についてだがどうやら粘性のある個体らしい。壁にへばりついて何処からともなく現れると。特徴としては消化液が強い酸性を伴っているらしく、彼らの目の前でジャイアントラットが捕食されたのを確認している。後は…そうだな。光を嫌っていた。ランタンの火ではなく奇跡の一つ"ソールライト"の光から逃げていた。恐らくは魔術や奇跡の耐性が低いのかも知れない。」
「成る程…。剣で切ると溶かされそうだし魔術を中心に戦う必要があるな。」
「となるとマーレーさんが主力かなぁ。マゼラさん、その魔物以外の個体は?」
「ああ。ジャイアントラットとキラーバットが確認されている。いずれも先程見せた資料にあった魔物だ。数は多くないが奴らを糧に未確認の魔物が繁殖する可能性がある。そちらの討伐も合わせて頼む。」
「畏まりました。それと…他の通路の方は大丈夫なのでしょうか?」
もし住み着いているなら当然の危惧だ。だがそちらの方は気にしなくて良いとマゼラは告げる。
「他の区画は別の管轄だ。もし問題がある様なら改めて依頼が出るだろう。よって、気にする必要はない。」
あくまで生活管理局が対応するのは行政区と居住区のみ。他まで手を回すとかえって反感を食らうと苦笑しながら告げた。
「さて、これ以上は本当に情報がない。用心して取り組んでくれ。」
見守る様な微笑みから身を案じる様な真剣な眼差しに変わったところを見ると、多少信頼感を得たのだろう。一同は改めてお辞儀をしてその場を離れ、下水道の入り口へと向かった。
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