第5話 酒樽の飛沫
冒険者通りを抜けて商業区に入った一同はまず始めにこれから暫くの拠点となる"酒樽の飛沫"へとむかう。この宿は新米冒険者御用達と呼ばれるだけあって商業区のど真ん中に位置している。
普通商業区のど真ん中にある宿と言えば立地的にも宿代が高く設定されている事の方が多い。現に酒樽の飛沫の周囲には街の外から訪れた観光客や、商人向けに宿代が高めに設定された宿が多い。その中でも破格の安さで冒険者に提供出来ているのには理由があった。
「この宿は組合を通さない商人からの直接依頼が認められてるんです。護衛や輸送任務などは依頼が受諾されるまで待っていると商品の鮮度が落ちたり市場価格が変動したりするらしく、舗装された安全地帯を通るだけなら高額になる傭兵や協力な冒険者より安価で仕事を探している新米冒険者の方が需要が高いんです。」
ちなみに、組合を通した場合と直接依頼する場合では同じランクの冒険者に依頼した場合でも銀貨5枚分、更には2.3日の時間的損失が出る。総じた損失だと金貨1枚分にも及ぶらしい。金貨1枚となると、安い馬車なら一括で購入できる額となる。更に冒険者や傭兵は力量によって額が変わる為、万が一何も起きない護衛の旅でも高ランクの冒険者が行った場合、一人頭銀貨5枚は最低必要となる。ともすれば更に損失が大きくなる上に依頼主は緊急性のある依頼でない限り冒険者のランクやパーティーを指名出来ない。足元を見られた場合大損失になる可能性があるらしい。
「勿論冒険者側にもメリットはあります。商人との個人的なコネクションを持てる様になれば定価より安く仕入れる事も可能になりますし、名声も広まればより多くの依頼を受けやすくなります。」
「上手いこと出来てるんですね。人々の知恵というのは素晴らしいです。」
博識なキリの説明を聞きつつ一同は酒樽の飛沫へと到着する。周りの建物に比べると少し小さいがそれでも立派な店構えにマーレーも驚いた。
中に入ると一階は中央にカウンターを備えたエントランスとなっており、左手には上の階への階段がある。エントランスにある椅子には同じく新米の冒険者らしい人々が談話したり食事を取っていた。
「おやお帰り。その方は?」
カウンター越しに声をかけてきたのは青い鱗が目立つこの宿の女主人。竜人のディノさんだとラフィンが教えてくれる。
「ただいまディノさん。この方はマーレーさん。今日から俺らのパーティーに加入した純血のエルフだよ。」
「へぇ。大森林からかい。私の母の代以来じゃないかい。まぁ死なない程度に冒険するんだよ?」
優しく微笑んだディノに思わず会釈をする。どこか母親じみたその包容力はこの宿が新米冒険者の拠り所となる一つの理由だとか。
「と言っても部屋はそんなに多くは空いてないねぇ。レジス。あんたと相部屋でいいかい?」
「ああ勿論さ。ラフィン達も二人で寝泊まりしてもらってるし…あ、でもどうやって会話しよう。」
「その辺は今後パーティを共にしながら私がマーレーさんに交易語を教えていきますね。このままエルフ語のみで生活するのはマーレーさんも大変でしょうし。」
「ええ、頼みます。キリさんが居てくれると助かります。」
「…もっと森のエルフはお堅いと思ってたんだけどねぇ。あんた達馴染むの早いわね。」
少し驚いた様子のディノにからかわれつつレジスの部屋へ向かう。廊下を挟んで向かい合わせの形で部屋が並んでおり、レジスの部屋とラフィン達の部屋も向かいとなっていた。
「おし、それじゃ軽く荷物整理したらエントランスに集合で。マーレーさんの装備を見に行こう。」
「うー…いってらっしゃぁぁぁい…。」
恨めしそうに見つめるラフィンを慰めつつ、三人はとりあえず部屋で荷物を整理し始めた。
※※※
暫くしてエントランスに集まった三人は再び冒険者通りに足を運ぶ。様々な武器屋や防具屋が並ぶ中、レジスが紹介してくれたのはこじんまりとした所だった。
「新米冒険者はこの店で武器を買う事が多いんだ。というのも、魔術が込められた武器などになると値段が高すぎて買えないんだよな。」
「安もんばかり扱ってるって言いたいのかレジスの小僧。」
店内を見て回っていると奥からむすっとしたドワーフが現れた。
「違う違う。そう怒るなよアスタのおっさん。」
「全く…うちは組合から頼まれて安価の物を作ってんだ。そこの兄さん。安いけど品質は保証する。買っていきな。」
不機嫌な様子のままマーレーに購入を促したアスタは、手に取る武器を見定める様にじっと見ながら黙り込んだ。
「…堅樫の剣では切れ味はありませんし鉄鉱石の剣が良さそうですね。…これ辺りにしますか。」
「ふむ…悪くない。だがお前さんの筋力だとちと重たいと感じるだろうな。もう少し軽い物の方が良い。少しでも重たいと感じるのは戦闘においては致命傷になる。」
真剣な眼差しでマーレーにアドバイスを行う。流石新米御用達の店と言うべきか。まだ戦闘に慣れていない者に説明し慣れていた。
「いいかお前さん。冒険というのは常に最高の状態で行える者ではない。疲弊しふらふらになっていても戦わなければならない時が幾つもある。その時に重すぎる剣を持っていたら振るう事が出来ない。逆に軽すぎてもダメだ。軽いと剣が先に折れる。武器というのは最後の相棒だ。慎重に選ぶと良い。」
その後、幾つか手に取りながらアドバイスを受ける事小一時間。しっくりと来た細身の剣を購入するとアスタも満足そうに頷いて銀貨2枚を受け取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます