第4話 会懇

 森の中を彷徨う事一時間。パーティーの中でも女の子が一同を止める。


「僅かだけど血の臭いが残ってる。…時間は結構経ってるけど。昨晩この辺りで何者かが戦闘したんだと思う。」


「なんだって?!てことは近くにコボルトが居るかもしれない。用心して進もう。」


 戦士風の青年の言葉に二人は頷く。武器を手に取り慎重な足取りのまま一同は近くのコボルト拠点が記された場所へと向かう。道中警戒しながら進む事一時間半。目的の拠点までもう少しと言う所で突如、地鳴りの様な音と共に大地が揺れた。それも一度や二度ではない。一定の間隔で何かがぶつかる音と倒れる音、そして振動が響く。


「地震にしては妙な音が多いわ。もしかしたら戦闘中かもしれない。どうする?」


「様子を見に行く。人手が必要なら手を貸そう。僕らでも何か出来る事があるかもしれない!」


 パーティーの中で唯一、聖堂服を着ている女性の問いかけに青年は迷わず先に進むことを選ぶ。だが、その青年が駆け出そうとした瞬間に女の子は首を掴んで止めた。


「場所も分からないのに駆け出さないの。んとね…あっち!けど急がないとヤバいかも。血の臭いがする。」


 正確な方向を示した女の子に一言感謝を述べながら三人は駆け出す。しばらく駆けた後一同の眼前に広がったのは、2mはあろう巨体のコボルトだった。


 すぐに女の子がその背中を睨みつけ、じっと目を凝らす。その生態的特徴からコボルト種なのは理解したがあまりにも大きい為完全にはわからないとジェスチャーする。それを見た女性は一度体制を立て直して戦うべきだと同じくジェスチャーを行うが、青年の目は巨大コボルトが見つめる先に居るエルフを見ていた。そして一言。


「助けなきゃ。」


 その言葉を聞いた二人は苦笑しながら頷く。ありがとうと頭を下げた青年は剣を構えその場から飛び出した。


 ※※※


 青年エルフが誘導し始めてから数分。未だ勢いが衰える事ないコボルトリーダーの追撃をギリギリの所で躱し続けているものの、矢はとっくに尽きて魔術回数も枯渇。回復する暇もないまま森を飛び回っていた。

 いくら生まれた時から種族としての特性で加護があるとは言え、魔術等とは違う物なのでなりふり構わず飛び回れば枝葉は肌を切り裂き、風の加護とは別に疲弊した体力では飛び移る速度も落ちていく。対し、コボルトリーダーは獲物を追い詰める狩人そのものの姿で疲弊を見せず正面から文字通り押し通ってきている。正直に言えば万策が尽きていた。


(この場で強制帰還のスクロールを使えば命は助かる。だが、それでは今後100年は森から出られぬだろう。我が生涯で見れば確かに短い。しかし、その間に冒険を諦めてしまう事もあり得る。まだこの手は使わない。これまでの知恵を振り絞れ…!)


「ほう?追いかけっこは終わりか?次はなんだ?かくれんぼか?」


 青年が足を止めたと同じ様にコボルトリーダーも立ち止まる。森に久方ぶりに訪れる静寂。しかしそれも束の間。ニヤリと笑った彼の大剣が風を切りながら振り上げられる。


「我々の耳を舐めるな。疲弊した者の息遣いなんて草葉の擦れる音より聞きやすいわ!!!!」


 そのまま青年エルフが居る木へと大剣が振り注ぐ。絶体絶命。ここまでかと腰のスクロールに指をかけた瞬間だった。


 ※※※


『練技!!"ソードスラッシュ"!!!!』


 コボルトリーダーの背後から大跳躍を行い、背中を縦に斬りつける青年が現れた。


 突然の奇襲に思わずよろめくコボルトリーダー。だが、すぐ様青年の姿を見つけては天に咆哮した。


『わ、矮小な、人間が、俺様に、傷を、つけたなァァァァッ!!』


「なっ?!喋った?!」


「気を抜かない!!“ピアッシングアロー"」


 今度はすかさず振り向いたコボルトリーダーの目に向けて矢を放った女の子がそのままの勢いでコボルトリーダーの傍を駆け抜け、青年エルフの元へと向かう。


「貴方、大丈夫ですか?」


「?、???…?????」


「げっ、言葉通じない…と、とりあえずこれ飲んで!!」


「??、…??????????」


「詳しくは後!一緒に倒すよ!!…これ伝わってるのかな?」


 女の子が伝わってるか不明になりジェスチャーを交えながら説明している間も、青年はコボルトリーダー相手に互角に近い戦いをしていた。


「補助の時間がもう少しで切れるから気をつけて!」


「分かってる!ギリギリまで何とか耐える…!!」


『何故だ、何故貴様の様なムシケラが俺様と対等に…む?これは。そうか。貴様か神官!!』


「不味い!気付かれたわ。まだかしら…!」


 女性の背中に冷や汗が走る。だが、それと同時に正面の木の裏から小さな親指が立ってるのを確認して思わず口角が上がる。その表情を怪訝に感じた時にはコボルトリーダーの脳裏にある存在が思い出された。


『????????。"????????"』


 直後、先程迄とは違い一点に集中した三枚の風の刃がコボルトリーダーの首筋に直撃し、大量の血糊を噴き出す。これを好機と見た三人は持てる力を持って全力で攻勢に出た。


「"トライシュート"!」


「発動せよ!"ファイアーボール"」


「練技!!"ソードスラッシュ"!!!!!」


 それぞれの特技にスクロールを使った魔術。苦悶の声を上げるコボルトリーダーを見るに効果はあるみたいだ。


 フラフラと大剣を杖の代わりにしながら周囲を睨むコボルトリーダー。その眼差しは一斉攻撃を受けて更に激昂したのか、青年エルフを再度見据えていた。


『貴様が、貴様が全て仕組んだのかァァァァッ!!!!!』


「まっ、不味い?!エルフの人、逃げ…」


 最早剣を捨て人族なら軽く切り裂けるだろう爪を振り上げたコボルトリーダーに、女の子は身を隠しながら思わず叫ぶ。


 しかし、青年エルフは腰に添えた一本の枝を手に取るとその爪目掛けて木を飛び降りた。あまりにも無謀な特攻。目の前で繰り広げられるだろう惨殺に思わず目を背ける。





『グェ…ガァ…オ、ノ……レ…』






 だが、目を晒した直後聞こえたのはコボルトリーダーの苦悶の声。そしてその次に聞こえたのは胸に大きな風穴を開けた魔物がゆっくりと斃れる音だった。

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