第3話 冒険者
不味い。コボルトリーダーは駆け出しの冒険者がパーティーで何度か依頼をこなし、最低限の連携が取れる位で漸く対処出来る強さらしい。未だ冒険者として駆け出してすらいない青年エルフにとって、戦闘すれば苦戦を強いられるどころか死ぬ事すら考えられる相手だ。
『森の知恵者よ。答えよ。ここで何をしている?』
睨みを効かせたコボルトリーダーが大剣を肩に担ぎいつでも振り下ろせる姿勢を取る。心臓の音が耳元まで聞こえる緊迫。青年エルフはゆっくりと立ち上がり仁王立ちする魔物の目を見た。
『ほう?エルフと言うのは臆病な者と鷹を括ってたが…いい度胸だ。名を何という。』
「…我々の種族で個人を指す名を与えられるのは里長に認められた者か外界に出た者だけだ。名乗る名前は無い。」
『ふむ。そうか。ならば名も無きエルフよ。剣を執れ。死逢おうではないか。』
肩に担いだ大剣を水平に構え、青年エルフの眉間に向ける。コボルトリーダーまでの距離は約10m。全力で逃げてもすぐに捕まる距離だ。
軽く深呼吸をして息を整える。大丈夫。勝つ必要はない。上手く立ち回り逃げ延びる事が出来れば成功だ。そしてその為には相手に反撃を許さない様にする。そのまま頭に血を昇らせて隙が生まれた瞬間に魔術を打ち込んで相手の動きを止めさせる。
大まかな作戦を即座に決めた青年エルフは、最初の一手としてある物を顔に向かって投げた。対してコボルトリーダーは小蝿を払うかの様に左手で振り払う。その瞬間、コボルトリーダーは顔を歪めて距離を取った。
『ぐぅ…?!この臭いは、なんだ…?!』
頭を振って悪臭を振り払おうとするコボルトリーダー。その隙にコボルトの斥候が手にしていた弓と矢筒を拾い、矢筒から矢を取り出して連続で放つ。対してコボルトリーダーは放たれた矢を大剣で防ぎながら青年エルフを見据え足に力を入れた。どうやら悪臭を我慢できる程度には振り払ったらしい。
このまま懐に入られては相手の思う壺だ。矢を放ちながら風の加護を受けて木の上へと登る。辺りが見えやすいこの場所では正面からの斬り合いに持ち込まれやすい。森の中へ誘導し、立地を上手く利用して動いた方が時間を作りやすい。
「追えるものなら追って来い。大森林の守護者たるエルフが相手しよう。」
『小賢しい…!!逃すものか!!』
足に入れた力を解放する事によって、青年エルフの居る木までの20m程を一気に駆けて大剣で斬りかかる。勢いに任せた斬撃は青年エルフの居る木の胴を横一閃。そのまま体当たりをして青年エルフを落としに行く。対して青年エルフもすぐ様別の木に飛び移っては矢を放ち、コボルトリーダーを森の中へと誘導する。大森林の中で命懸けの鬼ごっこが始まっていた。
※※※
駆け出しの冒険者にとって最初の依頼は街の手伝いや探し物の様な比較的安全な物から、コボルトの様な知性の低くパーティーを組んでいれば斃しやすい魔物の討伐まで様々だが、どれも依頼主にとっては変わらぬ位切迫詰まったものである。故に選り好みをする冒険者は必ず報復を受ける。隣人の指輪を探すのと、魔族の王を斃す事は常に同義である。
これは彼ら三人が所属する冒険者ギルドにおいて最も最初に学ぶ事であり、冒険者の矜持として掲げるべきと言われている。実際、初めて彼らが行った依頼は猫の捜索だった。魔物を斃す事なく済む依頼だが、その依頼によって宿屋の割引が適用されたし達成感もあった。
そんな彼らは今日初めて討伐クエストを受けた。コボルトの群れの討伐だ。場所は街から馬車で1日かけた所にある"秘境があるとされる大森林"だ。
初めて街の外に出て冒険するという事もあり、事前に色々と消耗品も購入した。体力回復用のポーションにMP回復用のポーション。更には用心の為に値段は高付いたが"ファイアボール"の魔術が込められたスクロールも購入してある。急なトラブルに対しても対応可能にしてある。命に比べれば安いと三人の意見は合致していた。
街を出た翌日。予定通り大森林に到着した三人はまず、想像以上の大自然に言葉を失う。話には聞いていたものの、目の前に広がる森の両端は水平線の更に先まで続いている様に見える。もしこの大森林が円形状に広がっているのだとするとその奥行きは街が幾つか入る程の大きさだ。更には木々がかなり密集して群生している。もし深部まで行く事になったら"ライトウィッシュ"等の道先を照らす魔術かランタン、あるいは種族の技能としての夜目が必要となってくるだろう。ただ、幸いにも今回の依頼で受けたコボルトは大森林の中でも比較的入口側に近い地点で生息している。この辺ならば夜間に入らない限りは陽日だけでも大丈夫だろう。
「…おし、行くよ。」
とは言えいつまでも圧倒されている訳にはいかない。三人はそれぞれ装備を再確認した後森の中へと入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます