第2話 夜襲

 青年エルフが眠りについて数時間。月があれば真上に位置していただろう時間になる頃にカランカラン…と乾いた鈴の音が響く。多少の微風ではならない鈴の実が鳴った。青年エルフはすぐに目を覚まし周囲を見渡す。続いて低く唸る様な声を鳴らしながら二足歩行の犬の様な魔物が二体、青年エルフが野営している木にゆっくりと近づく。注意深く魔物を観察する。コボルトだ。鼻を鳴らし獲物を探しながら粗く削った棍棒を引きずり青年の事を探している様だ。青年エルフが野営している木の上から地上までは約10m。風と森の加護を受けているエルフにとっては飛び降りても問題無い高さだ。


 ゆっくりと腰元に身につけた堅樫の剣を手に取る。鉄製の物に比べ硬さや切れ味は劣るが、生物を斬るには充分な強度と鋭利さがある。ー森の中なら照り返さない分奇襲にも向いているー獲物を手にした青年エルフはコボルトを充分に木に引きつけ頭上のポジションを確保する。彼らは鼻が効き素早い。頭脳は野生の動物並だが逃げられると厄介だと聞いている。

 確実に仕留める為に準備をしっかりと行い、コボルトが目標地点に到着した瞬間森と風の加護を受けた青年エルフが木の上から音もなく飛び降りる。自由落下の加速を用いた頭上からの奇襲一閃。二体いた内の一体のコボルトは縦に真っ二つに切り裂かれてその場に斃れた。

 続いて横にいたコボルトに返しの刃で逆袈裟に斬りかかる。だがその一撃は野生の勘が働いたのか、すぐ様距離を取ったコボルトには当たらず空を切った。


 お返しとばかりにコボルトは棍棒を振りかぶり、青年エルフに殴りかかる。森と風の加護があるとは言え着地した直後、更には一撃を躱された姿勢のまま反撃をされた青年エルフは避ける事が出来ず左手に痛打を受ける。すぐにコボルトを蹴り飛ばしつつ体勢を整えた青年エルフは左手の具合を確認する。辛うじて動くものの力が入りにくい。たかがコボルトと侮る事なく全力を尽くさねば苦戦を強いられると即座に判断し、堅樫の剣を地面に突き刺し背中に携えた杖を手に取る。


「風よ、我が声に応えよ。"ウインドカッター"」


 短い詠唱の後杖先から三枚の風の刃が飛び出す。視認不可能な圧縮された風の刃を受けたコボルトは体を3つに分断されその場に斃れた。


 二体のコボルトが死んでいる事を確認した青年エルフは、皮の一部を剥ぎ取り腰元につけているポシェットに仕舞う。その後、薬草を用いて左手を回復しつつコボルトを埋葬する。そのまま放置すると他の魔物が寄ってきたり、腐敗化してコボルトゾンビになって甦る事もある。必ず行わなければならない作業だ。


 一段落ちついた所で青年エルフは左手の具合を確認しつつ木の上に戻る。初日にして首尾は上々の結果になった。この様子なら日が昇って半日捜索すればノルマは達成出来るだろう。とりあえずは明日の事を考えて睡眠を摂り、月光浴で魔術回数の回復を行う事にしよう。


 ※※※


 翌朝。雲一つない空から陽光に照らされ、青年エルフは目を覚ます。日が昇ってから3時間程度だろうか。木の上から飛び降りた青年エルフは軽く体をほぐしてから近場に見つけた川へと向かい、行水を行う。一通り汚れを落とした後服を着直し、地図を拡げた。現在地点からそう遠く離れてない場所に複数のコボルトが生息しやすい森林地帯があるらしい。用心しつつ装備の位置を再確認した青年エルフはその地点へと向かった。


 ※※※


 道中マッピングしながら進む事1時間。途中で見つけた薬草等を採取しながら例の森林地帯へと到着した青年エルフは、音を立てる事なく木の上に登り周囲の様子を注意深く確認する。視認できるだけで数体のコボルトが欠伸をしながら歩き回っている。恐らく斥候だろう。彼等に見つかって撃ち漏らすと増援を呼ばれかねない。多少強引ではあるが魔術を用いて早々に仕留める方がいいだろう。


「風よ、我が声に応えよ。"ウインドカッター"」


 三枚の不可視の風の刃が三度風を切る。小さくうめき声をあげながら斥候役のコボルトが斃れる。しばらく周囲を警戒しながら近づく。どうやら気づかれている様子は無さそうだ。魔術回数を回復する薬草を額に貼り付け、回復しつつなるべく早く剥ぎ取りを行った後コボルトの死体を一箇所に集める。その後、枝の先をスプーン状にした物をコボルトの心臓に突き刺し、地面に突き刺してしならせた後こちらも頑丈な根草で縛る。そして距離を取り魔術ではなく風の加護を用いて周囲に血の臭いを充満させる。すると、臭いを嗅ぎ付けたコボルト達が続々と集まる。


 充分にコボルト達が集まった所で青年エルフは再度ウインドカッターを行使する。三枚の不可視の刃はそれぞれ枝を縛り付けた根草を切りつけた。すると、その反動でしならせていた枝が勢いよく作用し、コボルトの心臓から大量の血糊を撒き散らす。近くにいたコボルト達は目に大量の血糊を受けその場でのたうち回る様に暴れ出し、それを見た後方のコボルト達は慌ててその場から離れ蜘蛛の子を散らす様にその場から離れていく。これで付近に居たコボルト達はしばらく戦う事はできないだろう。

 周囲を軽く見渡しながらのたうち回るコボルトに近づき、順にとどめを刺す。これで合計10体。ノルマも達成し充分な戦果と言えよう。


 この辺で切り上げて帰れば明日の夜明け前には到着するだろう。とどめを刺したコボルトの剥ぎ取りを終えた青年エルフが立ち上がり、コボルトの死体の山を埋葬し終わった時だった。


『森の知恵者が我々の領地に何用かね。』


 青年エルフの背後から響く声。あまり聞きなれない言語だが、何故か理解できる言葉を話すその者の姿を目に捉えると、身の丈程ある大剣を携えた2m程の巨体を持つコボルト…"コボルトリーダー"が青年エルフを見下す様に睨みつけていた。

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