第5話 門出

 コボルトリーダーが斃れ周囲に残党の気配がない事を確認した一同は、喜びを分かち合う事よりも初めて経験した濃密な命の奪い合いに対し疲れを感じて思わずその場に座り込む。勝利の喜びよりも安堵が勝っていた。


「私達…生きてるね…良かった…。」


「あぁ…。皆無事だ…。」


 安堵の溜め息を吐き弱々しくハイタッチをする。青年達も青年エルフもコボルトの集団を討伐する予定が、その上位種の討伐まで行う事になるなんて考えてなかったのだろう。予想外の事が起きる最も爽快で最も危険な冒険となった。


「エルフの方もありがとうございます。お陰で僕達も助かりました。」


「…?」


「あっ…そういや言葉が通じないって言うのの忘れてた…。」


「えっ?!じゃあどうやって会話してたの?!」


「ぬーわーやーめーてー」


 感謝を述べた青年だったが、伝わっていない事を知った瞬間ショックを受けて女の子の肩を掴み、前後に揺らす。その横から聖堂服を纏った女性がニコニコしながら頭を下げた。


「街に住むエルフは交易語を話せますから。森に住われる純血の方々はエルフ語しか話せません。私が翻訳しましょう。」


 そのまま先程の青年の言葉を伝える。すると驚いた様子で青年エルフは首を振り、その後頭を下げた。


「いえ、わたくしが助かったのは貴方達のお陰です。欲を出して討伐していた所をコボルトリーダーに狙われました。貴方達が居なければ私は無事では済まなかったでしょう。」


「あら、ではこの辺のコボルトは粗方片付いたのでしょうか?」


「はい。もし討伐に来られたのであれば証として、集落の死骸とこのコボルトリーダーを譲ります。私は皮の一部だけ戴ければ問題ありませんので。」


「ふぅん。まぁ私としてもこれ以上走り回って探すのも疲れるから助かるけど。」


 実際に戦闘したのがこの大物一体で済むのならば報酬としては余分に貰える。だが青年の方は苦笑しながら首を横に振った。


「一応この近辺に他にも居ないか確認してから実際に倒したこの一体の分だけ戴きます。下手に分け前を戴くと不正を疑われますので。」


「そう言う事ならば。では私はこの辺で。」


「あっ、待ってください!」


 そのまま森の奥地の方へ向かおうとした青年エルフを呼び止める。


「貴方とはまた会える気がします。宜しければお名前をお伺いしても…?」


「…今はまだ名前はありません。ですが、次お会いした時には名乗れる様になってると思います。では。」


 青年エルフは深々と頭を下げてその場を去っていく。彼の言葉の意味があまりよくわからなかった一同は訝しみながら頭を下げて見送った。


 ※※※


 予定外の戦闘により帰還し始める予定の時間を大幅に過ぎていた。しかしそれでもコボルト十体、コボルトリーダー一体の討伐は充分な戦果だろう。更に、冒険に出る前に会う事が出来た外界の冒険者。彼らは恐らくまだ駆け出しだろう。しかし、森の中にいては知る事が出来ない者達だった。新たな出会いはより冒険心を加速させる。その心が体を突き動かしているのか、予定よりも早く帰る事が出来てしまった。


 二日目夜分。日が落ちて月が登り始めた頃。大森林の深部を超えエルフ族が住む里の結界を通る。冒険者達のポーションによって傷は癒え活力もほどほどに残しながらの帰還。その好奇心と達成感に満ちた青年エルフの顔を見た守衛は儀式を超えたの帰りを知らせる鐘を鳴らす。

 程なくして里の皆が中央の広場に集まり、里長と青年エルフを中心に固唾を飲みながら成果を見守る。


「無事帰還した同族よ。まずは討伐の証を。」


「はい…。コボルト十体…そして、コボルトリーダー一体の皮です。」


 コボルトリーダーの名を出した途端どよめきが広がる。単独で相手するには里の中でも実力がある者しか行えない。


「ほう…?して、コボルトリーダーを討った術は?勇気か?知恵か?…それとも明かせぬ何かか?」


「…強いて言うならばどれでもございません。偶然と言うには惜しい出会いです。私一人では倒すどころか生還すら厳しいものでした。ですが、見ず知らずの私を助ける為に危険を顧みず共闘してくれた勇士達が現れ、全てを出し切った上で漸く掴んだ成果です。」


 青年エルフの答えを聞いた里長は深く頷く。そして応えるよりも先に懐から青年エルフの姿が映っている水晶を取り出した。


「もし、自力で乗り越えたと申し出たなら性根を叩き直す必要があると思ったのじゃが。監視など不要だったみたいじゃの。

 宜しい。この時よりお主は外界での生活を許可しよう。世界を見よ。人を見よ。そして学びなさい。己の可能性を忘れる事なかれ。」


 里長の宣言を聞いた他のエルフ達は歓声をあげる。だがその歓声を里長は一度手を挙げて止めた。



「忘れてはならん事がある。外の世界は我々みたく多少の違いで見分ける程寿命が長いものは少ない。故に我々とは違い識別する為の名前を授けなければならない。そうだな…お主は今日から"マーレー"の名を授けよう。その魂に刻むと良い。」


「マーレー…。ありがたく受け取ります。里長様…!」


 再び歓声が上がる。ともすれば先程よりも大きな歓声が。そのまま里長の一声で広場では宴が始まり、マーレーの門出を祝う声が辺りで響いた。


 ※※※


「そのスクロールは持っていくと良い。一度きりだが里に飛べる。たまには顔を出すと良い。」


「ありがとうございます。…それでは、行ってまいります。」


 宴から5日。いよいよマーレーが旅立つ日が来た。

 街までの移動手段としては数日前に里長が門出の祝いにと栗毛に白銀のたてがみを持つ少し珍しい馬をマーレーに託してくれた為、2日と半日程で到着出来るだろう。


「少し気難しいが間違いなく名馬じゃ。共に旅をすると良い。」


 里長の言う通り背中に乗せて貰えるまで数日かかったが、やっと少しは心を開いてくれたのか今ではしっかりと駆ける事が出来る様になっている。改めて里長に頭を下げたマーレーは、手綱を引きながら結界の手前まで進む。


「…それでは、行ってまいります。」


 最後に里に向かって頭を下げ、結界を抜ける。そのまま大森林を抜けた後、シルヴィと名付けた白銀の鬣の馬に跨り街に向かって駆け出す。


 こうして、物語の英雄を目指す青年エルフ"マーレーの旅は始まった。

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