24.やりたいこと

 アイアンゴーレムを討伐した翌日は3人とも泥のように眠り続けた。1時間余りにも及ぶ激戦でかなりの緊張を強いられていたためか、特に戦闘に慣れていないルルが起きたのは日が沈んでからだった。

 さらに翌日、朝食を済ませた3人は鍛冶場に集合していた。


「よし、じゃあ火入れるぞ」

「ああ」

「はい」


 ツルギが火魔法を使って炉に火を点す。燃料を用意して風魔法を調整してやれば、すぐに温度が上昇していく。700℃になったらブロンズゴーレムの成れの果てを取り出し、炉の高熱で溶かして必要分を取り出していく。


「そんでタビ、ルル。お前らは何を作りたいんだ?」

「それなんだけどさ、……青銅の使い道が思いつかなくて……」

「……アクセサリーにするのも難しそうですよね」

「……使い捨ての投擲用武器でも作ろうか」

「あぁ、まぁ【鍛造】を取るためならそれでいいと思うぞ」


 使い道を決めたらまずはタビから鍛冶を始める。熱した青銅を大雑把に成形し、冷めないうちに金床に移してハンマーで叩く。中央を厚く、扁平な長い三角形を作ったら、握りにするか柄をつけるかを考えずに持ち手の部分を細くする。後は冷めたらヤスリで磨いて、持ち手をどうするかを考えれば完成だ。ルルもそれを真似して小さな刃を作り上げた。

 興が乗ったのか、ツルギも似たようなものを作って、冷ますまではと並べて置く。【鍛造】をしたことを示す称号が欲しかっただけであるのでタビとルルの作った刃は粗雑な仕上がりだ。一方でツルギの作った刃は左右のバランスも良く、歪みが少ない。投擲用ナイフとして十分な品質であるとタビは思った。


「それで、この後2人はどうするんだ?」


 ツルギは黙々と青銅を使ってナイフを作っていく。小物を作るのは生産系称号のレベリングとしてコスパがいい。青銅は現状使うことの少ない素材なので、作った端から鋳つぶして再度作る……みたいなこともできる。最も時間効率はともかく費用効率は燃料が必要な以上そこまでよくないので、アイアンゴーレムを使った武器作成までのつなぎとして以外の意味はない。


「そうだね、俺とルルはこのあと防具を見に行こうと思う」

「防具を?」

「ああ、ツルギ。後で要所を強化してくれないかな。加工費は払うよ」

「よせよ、コイツは3人で倒してきたんだ。お前らが必要ならいくらでも使っていいんだ」


 ツルギは言い終えると同時にビシッとタビの顔を指す。


「おっと、野暮なことは言うなよ兄弟。その代わり7日だ。時間をもらうぜ。防具をここに持ってきてから7日だ。それまでは練習と経験の時間をもらう」

「……あぁ、わかった。わかったよ。頼む、ツルギ」

「わかりゃあいいんだわかりゃあ」


 タビに背を向けて、手をひらひらと振り、ツルギは再びハンマーを手に取った。言外の意味を持ったその背中に感謝を告げ、タビは鍛冶場を後にする。

 その後ろを、ルルが不安そうな顔でついていった。






 サイヒの街にはいくつか防具の店があるが、タビとルルが選んだのは軽い皮装備を中心にした店だ。ツルギのようなタンクに向く鍛え方をしていないので、遠距離からのヒットアンドアウェイが基本戦術となる。そうなると重い金属装備は足を引っ張るだけになってしまう。

 最も皮鎧を装備したところで敵の攻撃を防げるかどうかは相手次第だ。普段着より少しはマシな程度の鎧や籠手、脛当てを探すのが今日の目的だ。


「……タビお兄ちゃん、また違う街に行くんですか?」


 ルルが飾られている鎧を見ながら心ここにあらずといった雰囲気でそう聞いてきたのは、店に入ってすぐのことだ。店員は呼ばれるまでは出てこないし、他に客はいない。今なら2人だけだというタイミングで切り出したのだと、タビは察した。


「ああ、まぁあと2週間くらいはこの街にいるつもりだけどね」

「2週間ですか? 1週間ではなく」

「ああ、防具ができた後、しばらくは慣らしてから出かけようと思うんだ。慣れない防具で動きが変わって困ったことが起こるっていうのはよくあることだからね」

「そうですか……」


 再び何事かを考え始めるルル。タビは悩むルルをどこか羨ましいと思いながら問いかける。


「ルルは、何がしたい?」

「したいこと、ですか?」

「うん。ツルギは鍛冶がやりたいと言った。俺はこの世界を見て回りたいと思った。俺たちはどちらもやりたいことをはっきりさせている。だが、ルルはそうじゃない」

「……それは……」

「ああ、悪い。責めているわけじゃないんだ。……俺が言いたいのはだな」


 タビはガリガリと頭を掻く。

 タビは誰かに何かを教えた経験はほとんどない。だからルルが不安に思っていることはわかっているのだが、だからと言ってすぐに安心させてやることも難しかった。


「選択肢は1つじゃないってことだ。この街で料理人を目指してもいいし、畑の手入れをしてもいい。世界を一緒に見て回ってからでも遅くはない――特にこの世界ならな。いくらでも失敗できるってことはいいことだ」

「……」

「俺としてはできればルルがいてくれると嬉しいけどね。楽しいし、戦闘も安定するだろうから」

「わたしは……」

「答えは今じゃなくてもいいよ」

「……いえ、わたしは一緒に行きたいです……」


 急いで答える必要はないと言ったタビに、ルルはすぐに返した。ルルの視線はまるでタビの方を向けないとばかりに下を向いていたけれど、その言葉に嘘はないとタビは判断する。


「そうか……。ありがとう、ルル。一緒に来てくれて。実は1人だとちょっと寂しかったんだ。ルルと会ってからずっと2人だからね」

「はい……、そういってもらえるとわたしも嬉しいです」


 少し上がったルルの顔は少しだけほころんでいて、タビはほっと一安心する。


「そうしたら必要な防具を揃えようか。ルルは薄い皮鎧がいいかな。南に行くなら寒くはならないけど、毛布代わりにも使える外套は買っていこう」

「はい。えっと……これなんてどうですか?」

「もうちょっと高くてもいいから薄くて動きやすいのがいいかなぁ。こっちなんてどうだろう。大きさも……ルルにちょうどよさそうだよ」

「じゃあちょっと着てみますね。……ちょうどよさそうです!」

「じゃあそれと、あとはローブを選んでおいて。俺も皮鎧と籠手と脛当てを探すからさ」


 ルルは着ていた鎧を一旦脱いで、ローブを探しに行く。昼を過ぎたばかりの店の外が、食べ物を求めて行き交う人で賑わっているのを見て、探し終わったら昼食をどこかで食べようかと決め、タビもまた装備探しに向かうのだった。






 その日の夜、夕食を食べたタビ、ルル、ツルギの3人は再び鍛冶場にやってきていた。

 今後のためにと用意した広い机の上に、今日買って来たルルとタビの皮鎧が置かれている。どちらも軽さを求めた高級品で、軽さの割には防御力は高い。

 机の脇にはタビの使う籠手と脛当て、ブーツが吊るされている。今まで着用していた普段着やスニーカーよりはマシ、といった程度の品だが、動きを阻害しないようなものを選んできた。


「じゃあ、こいつらに補強をすればいいんだな?」

「ああ、頼むよツルギ」

「あいよ、わかったぜ兄弟。今朝も言ったが、練習のために7日の時間をもらう」

「大丈夫、急いでいるわけじゃないからね。ルル、終わったら1週間くらいその装備をつけて訓練するよ」

「はい、わかりました。タビお兄ちゃん」


 必要な確認が終われば、タビとルルはここにいる必要はない。


「じゃあ、俺たちはこれで」

「ああ、俺はもう少し打っていくぜ」

「……あの、無理しないでくださいね」

「ん、大丈夫だぜルル。日付が変わるまで作業してるのはタビの野郎くらいだ」

「えっ!?」

「げ、やべっ。じゃあ俺はこれで!」


 ツルギに売られ、ルルの心配そうな顔を後目にタビは鍛冶場から逃げ出す。昔からの癖を治せないまま、時折ルルに心配されるのが後ろめたいのだ。

 逃げ出したタビを追いかけて、ルルも鍛冶場から出ていく。ツルギはそんな2人を見送ってから、炉に灯る火を暖めていく。


 旅立ちが、緩やかに近づいていた。

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