21.機巧塔対デメルング 15層(1)

 重い金属音が鳴り響く。タビの振るったハンマーが敵を打ち据えた音だ。

 タビの構えるハンマーは、かつて海底古道でアンデッドを屠り続けたメイスよりもはるかに重い。それでなお、相対する敵の装甲にはわずかに歪んだ跡が見受けられるだけだ。


 アイアンゴーレム。


 鉄屑を山ほど集めて無理矢理人型に整形したかのようなその魔物には、堅牢さゆえにまともな攻撃が通らない。剣を叩きつければ手が痺れ、槍を突き刺せば窪みに嵌る。鋼の体を前にしては弓矢はその本分を発揮できず、鉄塊たるパンチは熟練の冒険者が振るうメイスをも弾き返す。


 ゴーレムに核は存在しない。


 ゴーレムを生成するのは純粋にその物質だけであり、サンドゴーレムなら砂が、ブロンズゴーレムなら青銅が、そしてアイアンゴーレムなら鉄のみがその体躯を形作っている。

 これを打ち倒し持ち帰ることができれば、すなわち同量の鉄屑を手に入れるに等しい戦果になる。もちろん、それに見合うだけの攻撃を叩きこみ続けなければ勝ち目はない。


 ハンマーを振るった反動でたたらを踏むタビを嘲笑うかのようにアイアンゴーレムは歩いていく。目的は最も多く敵対ヘイトを稼いでいるルル。

 大人でも吹き飛ばされる致命の拳が振り下ろされ――


 その間に一人の偉丈夫が立ちはだかる。


 タビより15cmは高い背、鍛えられた肉体で掲げるのは無骨な鉄製のカイトシールドのみ。偉丈夫は巧みに盾を取り回し、アイアンゴーレムの拳を受け流す。

 金属が擦れる音が響き渡る中、タビはここまで来ることになった理由を思い返していた。






「すみません、これを確認してほしいんですが……」


 ゴトっと音を立ててタビが机に置いたのは、盗賊退治の時に洞窟から回収した謎の石だ。「もしかして空洞鉄鉱では?」と回収したは良いものの、ストレージの底に埋まったこれが空洞鉄鉱であれば、無事依頼は完遂となるはずだ。金銭的な価値は今のタビたちにはほぼないにせよ、何かわからないまま深夜などに不意に思い出すのは心臓によくないので片付けに来たのだ。

 春休みに課題があったことを忘れていたような心持である。


「わかりました。確認してまいりますので少々お待ちください」

「よろしく」


 ギルドの受付嬢はパタパタと立ち上がる。鉱物に詳しい職員に聞きに行くのだろう。

 アイテムの詳細な情報を判定する【鑑定】魔法は無属性魔法だけあって使える者が大変少ない。同じ無属性魔法に属する【ステータス念写】もまた少ないが、より難易度の高い【鑑定】となれば求められる【複写】の技術も高度になる。王都にでも行かない限り持っている人は多くないだろう。

 タビもいずれかは写本を手に入れたいが、【複写】のLvと無属性魔法の魔導書を探す難易度は相応に高い。


 群生地で見分けやすい花ならともかく、鉱石を見分けるのは(いくらERをやりこんでいたとはいえ)タビには難しい。そこで冒険者ギルドへと相談に来たのだった。

 奥で別の職員と会話して帰ってきたギルド嬢は幸い笑顔で、タビが必要分の空洞鉄鉱とギルドカードを提示すれば依頼達成数とささやかな報奨金を手渡した。

 本来ならここでタビは帰るところだが、今日は彼には聞いておくべきことがまだあった。


「ありがとう。ところで1つ質問していいですか」

「はい、なんでしょう」

「鍛冶職人を探しているんですが、どこかに伝手はないかな」

「鍛冶職人ですか……従者の方をお探しで?」

「できればですが……」


 タビが久々に冒険者ギルドにやってきた目的が鍛冶師である。

 いくらビオテークにもらった鍛冶施設があっても、鍛冶職人がいなくては宝の持ち腐れだ。そしてそれを任せるなら従者の方が好ましい。

 ルルを仲間にしたことで埋まっていた従者獲得数上限も、拠点を手に入れたことで増加している。今の上限は4人。あと3人まではできるだけ早く集めてしまいたいと思っていた。


「ああ、それなら心当たりがありますね」

「本当ですか?」

「ええ、それなら――」


「よう、兄弟! 俺の手伝いが必要か!?」

「うわっ!?」


 ギルド嬢の言葉を遮るように、タビの背中をばしんと叩かれた。

 振り返ったタビの目の前にいるのは精悍な男だった。茜色の短髪に同色の瞳、鍛え上げられた筋肉はバイホーンボアの皮をなめした鎧に覆われている。だが、彼が誰よりも浮いているのは背の高い彼がすっぽりと覆われてしまうようなカイトシールドだろう。偉丈夫の背中に背負われた鉄製の盾は、彼が中腰になれば容易く全身を覆うほど大きい。

 偉丈夫は悪戯が成功した子供のようににやりと笑う。


「ははは、驚かせてしまったな。すまない。俺がお探しの従者だよ」

「は、はぁ……」

 

『従者獲得イベント』

『新たな従者を獲得しますか?』

『従者獲得数/上限 1/4』


 視界の端にポップアップが表示される。……が、まずはこの従者と話をする方が先決だ。


「それで、どうしてここに?」

「それはな、俺はもともとこの街の暮らしなんだよ。そんでもって久々に放浪の民が来たって言うから冒険者ギルドに張り込んでたんだが……」

「あぁ、すみません。あまり寄らなかったですからね……」


 タビがサイヒの街でギルドに寄ったのは数えるほどしかない。いくら張り込んでいても運が悪ければ会えないこともあるだろう。

 流石にギルドの受付を占拠したまま話し続けるわけにもいかず、タビと従者の偉丈夫は場所を移すことにした。行先はギルド近くの酒場だ。軽めの肉料理を頼み、2人は本題に入る。


「それで、あなたは何ができるんですか?」

「はっはぁ、そうなるな。まぁこれを見せればいいか」


 偉丈夫はギルド章をタビに提示する。


――――――――――


 (名称未定)/従者 ギルドランクE

 依頼結果  討伐0/0 採集0/0 護衛0/0 その他0/0

 戦闘技術  【盾術】Lv2 【剣術】Lv1 他1種

 主要討伐数 なし

 生産技術  【鍛造】Lv2 【運搬】Lv1

 踏破迷宮  なし

 その他   【従者】Lv1


――――――――――


「つってもまぁ、できることは大したことじゃないんだがな。鍛冶の真似事と、こいつを使った防衛タンクくらいのものだ」

「鍛冶にタンクですか……。正直助かります。物理型のメンバーはまだいませんので」


 正直、タビにとってはどちらも助かる構成だ。タビもルルも魔法の使える軽戦士と言った戦闘スタイルで、タフでパワフルな相手に見つかるとかなり辛い。バイホーンボアも、敵に先手を許せば殺されかねないぎりぎりの実力なのだ。

 もちろん、付いてきてくれるかどうかは別問題だ。放浪の民として従者を従わせることもできるが、タビの行動指針としては本意でない。すぐに高難易度のダンジョンに挑戦するわけでもない以上、次に聞かなくてはいけないのは――。


「それで、あなたは何がしたいですか?」

「はっはぁ! 聞かれるとは思ってなかった。つうことは鍛冶場の手配ができるのか?」

「できるというか、既に持っています。稼働はしてないですが」

「なるほど、それなりに広い拠点があるのか。正直しばらくは金策だと思ってたからな。助かる」


 ほとんど武装をしていないタビの恰好を見れば、放浪の民としてそう長く活動していないことは簡単にわかる。それであれば拠点も持っていないだろうし、鍛冶の仕事もできないだろう。


「ということは鍛冶希望ですね?」

「ああ。便宜を図ってくれるなら助かる」

「わかりました」

「っと、待ってくれ」

「はい?」


 ポップアップのYESを選択しようとしたタビを止めた偉丈夫は、悪いと言いながら1つ要望を追加する。


「悪いが、1つ頼みがある。本格的に鍛冶師を始める前に、倒したい敵がいるんだ」

「……何でしょう」

「そう警戒しなくてもいい。慣れれば何とかなる敵だ」


「この街から南の街道を進んだ先、機巧塔対デメルング15層に現れるアイアンゴーレムを倒しに行ってくれないか?」

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