EX03.サイヒの街の安息日(2)

 今日は安息日ですが、いつも通り日の出を少し過ぎたくらいの時間に目を覚まします。逆に生活リズムが崩れる方があとあと辛いからです。

 身支度をサクサクと済ませて――朝ごはんはトーストにしました――毎朝の日課をしに道場に向かいます。


 武器庫を開けて、今日は何の武器を使うか考えます。タビお兄ちゃんからは「できるだけいろんな武器を使ってみてほしい」といわれているので悩ましいです。今日は木剣を選びました。道場にもともとあったものなので少し古びていて、何となく今まで避けていた気がしたからです。

 簡単にストレッチをして、試しに剣を振ってみます。ぶん、ぶんと振ってみれば、やっぱり少し重たいみたいです。振り下ろすたびに体がよたよたとよろけてしまいます。

 やっぱりもうちょっと大きくなってからの方がいいかもしれません。50回も振れば汗だくでくたくたになってしまいます。


 これ以上やっても後片付けをして道場を後にします。ちょっと腕が疲れてくたくたですが、朝のうちにやっておきたいことがもう一個あるのでそちらも行かなければいけません。

 わたしがやってきたのは裏庭の薬草園です。薬草園といっても今植えているのはミントやレモンバームといった育てやすいハーブで、あまりお世話をしなくても何とかなるようなものばかりです。

 それでもこうやって何かを育てるのは初めてなので、どきどき緊張します。水をあげておけば育つらしいので今から楽しみです。いくつかはもう芽が出ていました。


 薬草園のお世話を簡単に済ませたら、汗まみれ泥まみれの体をお風呂で綺麗にします。この家に来てから何日も経つのに、まだこの広いお風呂には慣れません。端の方で垢を落として、水魔法と火魔法でちょうどいい温度にしたお風呂につかります。

 本当のところ、最初のうちはちょうどいい温度にするのも難しかったです。タビお兄ちゃんに火魔法の上手な使い方を聞いて、魔導書を何度も書き換えてようやくうまくいくようになりました。

 広い湯舟に浸かっていると、「本当にわたしがここにいていいのか」みたいな不安がぽかぽかと消えていくのがわかります。タビお兄ちゃんがこの街に来るまで散々「お風呂に入りたい」と言っていた気持ちがわかるようになってきました。

 タビお兄ちゃんはその内王都にも行きたいと言っていましたし、旅するときはこのお風呂ともお別れなんでしょうか。ちょっと悲しくなります。


 しっかりと暖まったら一度部屋に戻ります。早起きしたのでお昼ごはんにはまだ早いです。そういえばタビお兄ちゃんは起きたのでしょうか。よく写経に熱中して夜遅くまで起きているみたいなので、もしかしたら今日も寝坊かもしれません。

 わたしは部屋に戻ると、昨日から進めている作業に戻ります。それは老爺の森でたくさん手に入れたトレント木材を使った木工細工です。昨日の夜、鋸で小さくブロックに切り分けておいたので、今は彫刻刀で形を整えていくところです。


 机の上に置いた見本をじっくり見ます。彫り方のコツも書いてありますが、まずは一回やってみよう……と思って昨日の夜失敗したのでした。少し細くなっていた場所を、間違えて折ってしまったんです。

 わたしは新しい木のブロックを彫刻刀で削っていきます。どうしてもあちこちぼこぼこしてしまいますが、2時間ほどでようやく形になりました。わたしが作った初めてのアクセサリーです。

 見本をくれた【森の民】さんに感謝しながらヤスリで表面を磨いて、表面にニスを塗っていきます。まんべんなく塗ったら、乾くまではそのままにしておきます。


 熱中していたからか時間が経つのもあっという間でした。気づいたらお昼を大きく回っています。

 わたしは慌てて厨房に行くと、お昼ご飯を作ります。何にしようかは迷いましたが、塩鮭と醤油をベースにしてパスタを作ることにしました。ふっくら焼き上げた塩鮭をパスタとほうれん草に混ぜ合わせて、醤油で味付けしていきます。かかる手間が少ないので結構お気に入りの料理です。タビお兄ちゃんが食べるかわかりませんが、余分に作った分はお皿に盛ってストレージに入れておきます。

 月光林檎ジュースと一緒にもきゅもきゅとお腹に詰め込んだら、午後いっぱいは自由な時間です。






 気が付いたら夕方でした。というよりも、日が暮れていました。

 わたしは慌てて机の上にたくさん散らかった木くずを片付けて厨房に向かいます。タビお兄ちゃんは料理もできるので、食事がなくて困ってることはないと思いますが、自分の分は自分で用意するかストレージから出すか選ばなければいけません。

 厨房に行くと、水に漬けられたフライパンと脂の香りが漂っています。タビお兄ちゃんはどうやらお肉を焼いて食べたみたいです。それから少しだけケチャップの香り……お皿が多いので、お昼は自室で作ったみたいです。


 そうするとわたしは何を食べるかですが……、昼からはあまり動かなかったからかそこまでお腹が空いていませんでした。ストレージからサンドイッチとポタージュを出してそれですませることにします。

 食堂にはタビお兄ちゃんがいて、ちょうどご飯を食べ終わったようでした。蜜鬼灯を美味しそうに食べています。

 わたしもゆっくり席について、サンドイッチに手を付けます。タビお兄ちゃんに教えてもらったマヨネーズは、今まで食べたことのない不思議な味でびっくりします。レタスと合わせて食べると美味しいと言われてサンドイッチにしてみましたが、これならたくさん作ってほしいというのも納得です。

 タビお兄ちゃんはサンドイッチを食べるわたしをじっと見ていました。ステーキと蜜鬼灯しか食べていなかったので、パンが食べたいのかなとサンドイッチを分けてあげたら、不思議な顔をしてもしゃもしゃ食べていました。


 食器類をタビお兄ちゃんにお任せして――こういう時のタビお兄ちゃんは頑固なので、何があっても譲ってくれません――わたしは鍛冶場に向かいます。

 鍛冶場はいつものようにしんと静まり返っていて、人の気配のなさだけはこのお屋敷の中で一番です。

 わたしは静寂を壊さないようにこっそりと風魔法を使います。小さなつむじ風を作って埃を巻き上げる簡単なお掃除は、この広いお屋敷を2人で回すためには必要不可欠です。でも、今はあまり使っていない鍛冶場まで定期的にお掃除するのは少し面倒だから、と後回しにされていました。

 鍛冶場はいつ使うんでしょうか。タビお兄ちゃんは「人が増えたらね」と言っていました。


 鍛冶場の掃除を終えたわたしは(少し名残惜しかったですが)部屋に戻ることにします。日も暮れて随分経っていますし、少しだけ写経をしたら寝ようかなと思っていました。

 ぺたぺたとエントランスまで歩いてきたとき(タビお兄ちゃんが作ってきたスリッパという履物の鳴らす音です。お屋敷の中が泥だらけにならないので、お掃除が楽になってうれしいです)、小さな音が聞こえました。

 ぶん、ぶんと鳴るそれは、今朝も聞いた音……剣を振る音です。タビお兄ちゃんが道場で練習しているみたいだとわかったので、ちょっと顔を出そうと思います。


「タビお兄ちゃ……」


 道場の扉を抜けてかけようと思った声はそこで止まってしまいました。

 木剣を振っていたからです。


 タビお兄ちゃんは旅して回りたくてこの世界に来たと言っていました。だからあんなに楽しそうなんでしょうか。

 汗だくで今にも木剣が手からすっぽ抜けそうなのに、全然やめる気配がありません。振れば振るほど楽しそうに口元を緩めて、目を輝かせているのはまるで子供のようで。


 世界を旅して回るのはそんなに楽しいんでしょうか。

 わたしは名前のないお墓でタビお兄ちゃんと会ってからのことを思い出します。花畑を見たり、盗賊と戦ったり、1日中ダンジョンに潜っていたり、突然殺されてしまったり、カニ集めや森林探検もしました。

 ……よくわかりません。冒険が楽しかったのか、タビお兄ちゃんといたから楽しかったのか……。


 そんなことを考えていたからでしょうか、わたしは頭がくらくらしてくるのを感じて、結局声をかけないまま部屋に戻ってしまいました。

 布団をかぶって寝ようとしても、楽しそうなタビお兄ちゃんの顔が頭をよぎります。


 明日の練習はもうちょっと真面目にやろうかな、と思いながらわたしは眠りにつきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る