18.老爺の森(2)

 トレントを倒すうえで気をつけなければいけないのは3点だ。すなわち、


・主に攻撃に使用する枝に対処すること

・主に奇襲に使用する根に対処すること

・素材として価値が高い胴体には攻撃を加えないこと


 である。特に3つ目が大きい。

 その条件をルルと共有したうえで立てた作戦は至極シンプルなものだ。曰く「遠距離から枝を切り払い、土魔法で根が通らぬほど土を固めて、斧で伐採すればいい」

 バイホーンベア退治の際に持っていた斧は、もともとこのために使う予定だったのだ。樵が使う斧といえど、勢いをつけて振り下ろした際のダメージは手元の武器の中ではダントツだった。


 そんなわけで老樹のイヤリングを頼りにトレントを探しては伐採に従事しているわけだ。戦闘しながら生産技術の【伐採】を育てられるのはなかなかおいしい。抵抗できなくなったトレントにこーんこーんと斧を打ち立てているだけなので、あまり苦労もしていないし。

 今もルルが最後の一撃を入れて、トレントが倒れていく。完全に倒れ切る前に、ルルはストレージにしまったようだ。最初にトレントを倒した時に他の木にぶつかって傷ついてしまったので、それ以来気をつけているのだ。樵ではないのでとてもではないが倒れる方向のコントロールなどタビたちにはできない。


 お昼に【森の友】と対話してから4時間ほどで、2人は40体ほどのトレントを倒していた。木吊蜘蛛は今回は無視している。というのも、斧と魔法がメインで、敵からの攻撃が御しやすいトレントの方が圧倒的に倒しやすいからだ。

 しかし、今日のところは一旦引き上げるべきだろう。これから小屋に帰れば日暮れの時間だ。灯りには事欠かぬとはいえ、1日中動き回っているわけにもいかない。


「帰ろうか、ルル」

「はい、タビお兄ちゃん」






 用意された小屋はログハウスのような見た目で、風呂付2DKといったサイズのものだった。各部屋もさほどの広さは用意されていないが、きちんと暖炉が用意されていて、冬が間近に迫った中で森の中を歩き回った体にほっと染み入る暖かさがある。

 ひとまず入浴を済ませると、既にルルは調理を始めていた。メインは【森の友】に差し入れてもらったバイホーンボアの肉だ。奇しくも2日連続になってしまったが、今日はきちんとした設備があるのでステーキにするらしい。ちなみにバイホーンボアはルルが入浴している間に先に捌いておいた。


 ルルがステーキ肉に香草を揉みこんでいるのを片目に、タビは月光林檎を擦っていく。これも【森の友】の差し入れで、日光の差し込まない老爺の森は月光林檎が大変よく育つらしい。玉ねぎや葡萄酒と合わせて火にかけ、醤油ベースに味を調えればさっぱりとステーキを食べられるだろう。

 ステーキが焼けるおいしそうな香りが漂ってきたので、慌てて手元の野菜でサラダを作る。レタスをざく切りにして皿に盛ればいいだろうか。月光林檎と玉ねぎのソースを使っていいし、簡単なドレッシングなら手元のものもあるので好きに食べられるだろう。

 ストレージからほうれん草とベーコンのコンソメスープを取り出して2人分並べる。丸パンをいくつかオーブンで温めて、これも皿に盛りつけたところで、ルルがステーキを持ってきた。


 香草で臭みを抜き、じっくり焼かれた猪のステーキは大変柔らかく、思わず2枚目を焼いてもらうほどに美味しかった。






 翌日は木吊蜘蛛を弓の的にしながら討伐し、さらに3日ほどかけて老爺の森近くのトレントと木吊蜘蛛の多くを討伐した。トレントは主に木材を、木吊蜘蛛は吐いた糸を素材として回収している。

 また、集めたトレント木材は【森の友】に頼んで乾燥してもらっている。もともと乾いた体を持つ魔物だが、割れることもなく乾燥させる技術は街では手に入らないものだったのでタビは大変喜んだ。


「概ね討伐も終わりましたし、そろそろ街に帰ろうかと思います」


 依頼を受けた東屋で、タビは【森の友】に報告していた。討伐数はトレントが100あまり、木吊蜘蛛が60あまりといったところか。リポップ速度が早くないらしく、終盤は露骨に敵が減っていた。


「そうか、確かに。木漏れ日に照らされた老爺の森はいかがだったかね?」

「えっと……綺麗でした。素敵な場所です」

「お嬢ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいね。長老樹にもそう伝えておくよ」


 敵がいないというわけで今日の午前中は森を歩くことに当てたのだが、これが美しいのだ。

 幽かに漏れる木漏れ日がしんとした森を照らしている。小川のせせらぎと小動物の声、澄んだ空気が神聖な場所であることを思わせ、そよ風が運ぶ花と木の香りが心地いい。

 入ったときの新月の夜ほどに暗い森の姿はもうそこにはなかった。


 そしてルルとはしゃぎながら走り回り、すっかり疲れ切ったあと、小屋で入浴してからタビは【森の友】に報告したのだ。


「さて、報酬だがね。正直なところ、ここまでトレントをきちんと間引いてもらえるとは思っていなかったのだ。木材を用意したのだが、邪魔でなければもらっていただきたい」

「あー……、はい。ありがとうございます。正直トレントの乾燥処理とイヤリングだけでも貰いすぎな気がするのですが」


 正直なところ、100体ものトレント木材は結構な価値があるのだが、使い道もないので余ってしまう。それでなお木材をもらっても仕方がないのだが、折角の好意を無為にすることもないだろう。

 前払いのイヤリングを含め、十分な報酬をもらったと、タビが立ち上がろうとしたところで【森の友】はそれを止めた。


「待ちたまえ。年寄りの話は最後まで聞くものだよ。これだけでは面白くないだろう。何せ数百年ぶりの客人だ。選別くらいは受け取りたまえよ」


 ごそごそと懐を漁った【森の友】が取り出したのは一冊の書物だ。


「これは……」

「<植物魔法の書>だ。貴殿は熱心な魔導の徒らしいからな。これならば喜んでもらえるだろうと特別に用意したのだ」

「い、……いいんですか。こんなもの……」

「構わぬ。といっても流石に1冊しか用意できなんだ。従者に与えたければ己が手で書き写すとよかろう。【複写】の難易度までは関知せぬがな」

「い、いえ! ありがとうございます!」

「ほほ、喜んでもらえるなら我も長老樹も満足よ」


 思わず頁を捲ってしまった手を止めて、タビは改めて礼をした。


「正直ここで手に入るとは思っていませんでした……」

「何、受けた恩を想えばこの程度は大したことではないよ。何ならしばらくしたらまた来て伐採を手伝ってくれれば嬉しいがね」

「そうですね。どれくらい後で来ればいいとかありますか?」

「うむ……? 3年は来ても何もないと思うが」

「またえらく大味な時間設定ですね……。わかりました。3年たったころにまた来ますよ」

「楽しみにしているぞ」


 別れを惜しむように【森の友】は穏やかに笑う。

 そしていいことを思いついたとばかりに笑うと、別の本――これは魔導書ではなさそうだ――を懐から取り出してルルに与え、ひそひそと何やら話している。わざわざ隠すような話であれば、聞き耳を立てることもないだろう。


「ありがとうございます。【森の友】さん、長老樹さん」

「ほほ、精進するとよいでしょう」


 にこりと微笑んだ【森の友】。彼はゆっくりと立ち上がると、どこから取り出したのか木製の杖で地面を叩く。


「さて、お二方はもうお帰りでしょう。途中まででよろしければお送りしますよ」

「はい、戻ろうと思いますが、送る……?」

「ええ、森の入り口までお送りしましょう。今から歩いていけば道に出るころには夜になってしまうでしょう。しばし動かないでくださいね」


 カツン、カツンとくり返し叩かれる杖のペースは何かの規則性がありそうで、しかしその規則性を見つけることはできない。


 カツン。


 カツン。


 カツン。


 わずかに瞬きをした次の瞬間、最後に一度カツンと音を聞いた瞬間に、タビは先ほどまでいた東屋ではなく、老爺の森に入った道路に立っていた。傍らには目を丸くしたルルもいる。


「えっ……」

「流石だね……」

「は。はい……」


 思わずあたりを確認して何もないことを確認したら、「街に帰ろう」の時間だ。


「珍しいものが見れたね。また来ようね」

「はい、タビお兄ちゃん」

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