15.新居探検と今後の課題

 まぁ、だからと言ってビオテークに関する態度を改める必要はないのだ。ビオテークも変に畏まらないでくれと言いたかったようなので、お互いの利益のために伯爵云々についてタビは聞き流すことにした。


「ええと……これで大丈夫ですか」

「あぁ。構わない。後でビオテークに渡しておくよ」


 神父の話を聞いた後、新居の内部見学を終えた2人はその場で建物を購入した。

 場所は図書館の目の前。ビオテークの書いたメモ曰く「何かあったとき便利な場所」

 外れとはいえ貴族街にある以上、それは家ではなく館と呼ばれる大きさだ。もともとはサイヒ伯爵家の所有地だったらしいが、使うことがないからと格安で卸してくれたらしい。

 というか安すぎた。下手したらもう一軒安い家が買えるくらいの金貨が余ってしまった。

 それだけあればしばらくはのんびり過ごすこともできるし。


「まさかこんな身の丈に合わない住居を手に入れることになるとは……」

「……今夜寝られるでしょうか……」

「はは、心配はいらんよ。いずれにせよ家具を揃えるまでは宿に泊まるべきだろう」


 神父はそう笑うと、手を振って帰っていった。






「というわけでお屋敷探検しようか」

「おー!」


 折角手に入れたお屋敷なのだ。探検しなくてはもったいない。2人は折角だからと屋敷を見て回ることにした。ルルは好奇心によるものだが、タビは必要な家具や道具を考えようと思ってのことだ。

 2人がいるのはお屋敷の前、ちょうど朝ビオテークが発狂していた場所だ。後ろには広い図書館があるが、比べてみると広さは全然違う。図書館は貴族の館と言っても疑われないような広さだが、こちらはどちらかと言えば別荘と言った面持ちだ。

 庭は門から入って建物の裏にあるようで、こちらからは見えない。玄関までの小道はきちんと整備されているのでサクサク入ってしまう。


 エントランスはさほど広くない。置いてあるのも最低限の家具――雨傘立てやコートハンガー程度――だけだ。基本的には土足の想定なのだろうが、タビはあとで靴箱と室内用の履物を用意することにする。


「……ところでスリッパって売ってるのかな」

「……スリッパって何ですか?」

「いや、なんでもない」


 どこかで作ってもらう必要があるらしい。【縫製】スキルを取って自分で作ってもいいけど、少し時間がかかりそうだし、どこかで一度作ってもらってからの方がいいかもしれない。


 エントランスを抜けると三方に道が伸びている。とりあえず前方からかな。

 やや長い道を進んでいくと現れるのは――おそらくバスケコート1面分ほどの広さがある――道場だ。床が木目になっているので、入る前に2人して靴を脱ぐ。壁に木剣が10本ほどかかっている他は、採光窓がついているだけのがらんとした部屋だ。


「ここなら鍛錬部屋として申し分なさそうだね」

「やっぱり鍛錬するんですね……」

「流石に宿ではできなかったから。いろんな武器の訓練がしたいし、槍や杖、短剣みたいな武器種も用意したいね」

「……ということは武器の保管庫か何か用意したほうがいいですね」


 ルルは「またやるんですね」と少し引き気味だ。待っているのは確実にタビに突き合わされての鍛錬なので仕方がないだろうが。一応、今後も冒険するなら着いていきたいという話は聞いているので、そのあたりはあまり心配していない。

 せっかくなのでと置いてあった木剣を振ってみると、タビにはちょうどよい重さだったのだが、ルルには少し重そうだ。

 後で武器も買い足すことを決めて、2人は道場を後にした。


 再びエントランスに戻って左手に進むとまずあるのは応接間。図書館の応接間と同じ程度の広さで、楕円のテーブルを囲んでソファがある以外にはほとんど家具が置いていない。人が来る予定はあまりないが、何かしら用意しておかないとまずいかもしれない。

 隣の部屋は何も置いていない部屋だ。かろうじて窓の外からの視線を遮れるように薄いカーテンがかかっている。やや広い部屋になるので、何にするかはあとで考えた方がいいかもしれない。


 何もない部屋を出てさらに進むと、一度外に出て別棟の形で一つの建物が現れる。煙突のついた小屋のような建物、タビが探していた施設である鍛冶場だ。

 中に入ると炉は1つ。ゲーム時代のERをやっていたタビは見慣れた施設だが、初めて見るルルは興味津々のようだ。


「タビお兄ちゃん、火をつけてもいいですか?」

「うーん……今はちょっと。管理するのが大変だし、きちんとした装備をしないと火傷しちゃうんだよね」


 最悪の場合そのまま焼死してリスポーンになるので、準備なしに火を入れることはできない。いずれにせよ、いつかは【鍛造】の称号Lvを上げなくてはいけないのだが、今はまだその時ではない。

 ハンマーや火箸といった基本的な道具が揃っていることを確認して、今日のところは終わりにする。できれば専属の鍛冶師も欲しい。


 ひとまず鍛冶場を後にし、エントランスを挟んで反対側に。こちらにあるのは階段と厨房、食堂、それから風呂だ。

 階段を後回しにして、厨房に入った途端、ルルが歓声を上げた。


「見てくださいタビお兄ちゃん! 大きな冷蔵庫もありますよ!」

「それは嬉しいね。やっぱり汗かいた時なんかは冷たい飲み物飲みたいしね」


 冷蔵庫や冷凍庫は断熱箱に冷却魔法――氷属性の魔石を補助具として長時間利用できるようにする必要がある――をかけることで作ることができる。魔法の効果自体は魔石に刻み込まれているので、魔石が壊れていなければ魔力を通して使えるはずだ。

 厨房を見渡せば幸い最低限の食器や調理器具は揃っているようだ。不足を感じたら買い足していけば困ることはないだろう。食堂も簡素だが困るほど物が少ないわけではないようだ。


 食堂を出てつきあたりには風呂がある。大浴場とまではいかないものの、一般家庭に育ったタビやそれほど風呂が普及していない村にいたルルにとっては珍しい大きな風呂だ。

 井戸があれば金持ちの仲間だと言えるこの世界において、大きな浴場があるというのは大変珍しい。それこそ五右衛門風呂程度なら宿屋にも据え付けてあったりするし、街中にも公衆浴場は存在する。水を手に入れるというよりも、どちらかというと水を集めることと温めることの方が大変な世の中だ。

 その点で、タビとルルは水魔法・火魔法を利用できるのでそれほど難易度は高くない。風呂につかりながら火力の調整もできるのであれば、快適さは段違いだろう。


 2人はあとで風呂に入ることで同意すると2階に上がる。

 2階は左右どちらに行っても寝室だ。その数は5部屋。間取りも内装もほぼ同じで、ベッドとテーブル、ソファが1つずつある他には何もない殺風景な部屋だった。

 階段を上って左手、厨房の上にあるあたりの部屋をタビが、その隣をルルが使うことにしておく。入居者もいないので困ったら場所を移してもいい。


 部屋の割り当てを終えた後は裏庭にやってきた。

 決して広い庭ではないが、花や薬草を植えるのであれば十分な広さがある。野菜を植えて自給自足をするにはかなりの労苦がかかるかもしれない。


「それにしても広かったです……」

「そうだねぇ……。色々買い足さないといけないだろうし」


 そんな会話をしながらやっているのは草むしり。流石に裏庭まできちんと整備するだけの労力は割かれていなかったようで、タビの膝丈ほどの雑草が繁茂していたのだ。

 当然、馬鹿正直に刃物を持って攻略するのは骨が折れるので、タビは刈り取りは風魔法、根は土魔法で掘り起こしている。散らばった雑草はルルが風魔法で集めては火魔法で灰にしているようだ。


「やっぱり魔法は便利だね」

「なかったら3日くらいはかかってました……」


 そんなわけでそこそこ広いはずの裏庭も30分と経たずに攻略した2人は、入浴してから一度宿に戻るのだった。






「そんなわけで明日以降の話なんだけど」

「はい、なんでしょうかタビお兄ちゃん」


 流石に今日一日は疲れ切ってしまったので、宿で料理を出してもらっている。今日の夕食はサツマイモとはちみつ南瓜の煮つけと葡萄酒(ルルは葡萄ジュース)の他に、なんと牛ステーキである。帰り道でルルがいい部位を見つけてくれたので頼んでみた。普段は作らない料理らしくどうしようかと悩んでいたが、女将が的確に調理してくれたおかげで大変美味だった。


「いや、これまでは生活資金がないと困るから早め早めで行動していたんだけどさ。拠点も資金もある程度溜まったから焦る必要がなくなったんだよね」

「……えっ?」


 耳を疑うかのように聞き返すルルに対してタビは少しのんびりしたいと返す。

 実際この世界では死ぬこともないのでどれだけ時間を使ってもいいのだ。ここまで慌ててきたからルルにはあまり信頼されていない気がするけど。


「というわけで1月くらいはダラダラしようと思うんだよね。まぁ、明日は買い出しに行かなきゃならないんだけど」

「そうですね……。その後のことは明日以降でもいいですか」

「うん、まぁいいよ。とりあえずあちこち観光しようか」

「はい」

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