13.海底古道後始末
ダンジョン攻略がひと段落着いたら後片付けをしなければならない。
冒険者としての常識であり、ギルド章を持って冒険をしているタビとルルも例外ではなかった。
2人は今ひとたび海底古道の入り口まで戻り、テントやバスタブを撤収していた。
「痛かったね……」
「はい……」
結局あの後、ルルも逃げきれず黒騎士の凶刃に斃れたのだという。下手に死を伸ばしたせいでより恐怖を覚えるようになってしまったかもしれないと思うと、ちょっと申し訳ない。
タビとルルはほぼ同時に万神教会で目を覚ました。既に痛みはなく、目覚めた直後に神父の「おおタビよ、死んでしまうとは情けない!」からのお説教をダンジョンの新たなフィールドが見つかった事実を伝えてうやむやにし、その後冒険者ギルドでそれを報告してからやってきた。
海底古道の再探索が必要とのことで、ギルド職員が何人かついてきている。というか撤収作業中にもダンジョンに潜っている。黒騎士を討伐できるような冒険者は簡単には集まらないだろうから、あの先を見るのは不可能だろうが、「ボス戦や剥ぎ取り時の挙動を確認しておかなければ不用意な犠牲が出るから」ということで土座衛門のいた部屋の挙動を確かめてくるらしい。
タビとルルは調査隊の往復5時間を待つのも暇だし、何より死んでからまだ3時間と経っていないのもあって、撤収完了次第帰宅することになっている。
本当なら土座衛門の素材売却も済ませたいのだが、2人はもうそんなことより今日は美味しいものを食べて寝てしまいたかった。
2人は宿に帰ると暖かいはちみつ南瓜のシチューを食べて、日の沈むころには眠りについた。
1週間にわたる海底古道の周回と野営のせいか、あるいは直前に一度死を経験した心理的なストレスか、それともよく眠れるようになるというはちみつ南瓜のおかげか、2人は昼過ぎまで深い眠りに沈んだ。
ちなみにはちみつ南瓜――はちみつを堆肥にして育てた糖度の非常に高い南瓜――はあとで宿屋の娘に話を聞いた。ルルが興味を示していたので、あとで買ってあげようとタビは思っている。
目覚めた2人は手分けしてダンジョンから帰投したらやるべきことを済ませていった。タビは冒険者ギルドへの報告と素材の換金。ルルは買い物と消費した食材の補充だ。
そんなわけで冒険者ギルドに来たタビは、目の前に積まれたものを見て困惑していた。
「い、いや……これは……」
「ダンジョンの新エリア発見報酬ですから遠慮なくお受け取りください」
金貨の山だ。もう何もしなくても数年以上は暮らしていけるくらいの金貨の山なのだ。
袋に入れてあるがとても持ち運びができそうにない。ちなみに土座衛門の素材買取の金貨は脇によけられているが、これだって贅沢しなければ1か月近く暮らせる金貨なのだ。それがこんなにも頼りなく思える。
「こんなにもらえるとは思えませんでした……」
「今後街に現れるであろう冒険者の落とすお金からしてみれば大したことはありません。高難易度なのは確かめられましたから、もし潜る人がいれば装備や準備でかなりのお金を落としてくれるでしょうしね」
「やっぱり高難易度なんだ……」
「黒騎士がいれば当然そうなりますね……」
聞けば、黒騎士はある程度以上近づかない限りはこちらに攻撃を加えてこなかったそうだ。よほどの初心者でもなければ土座衛門を倒すのに苦労する必要はないらしい。
比較的低難易度なダンジョンで、ダンジョン独特の空気感になれるためには重要なダンジョンだったため、これまでに近い運用ができて助かっているとのことだ。しばらくは黒騎士が動く範囲を確認してその範囲を明示する作業をして、それが終わったら冒険者に解放されるらしい。
つまりそれまではダンジョンに潜ることができないことになる。誰かに見つけられた直後とかでなくてよかった。
ちなみにタビの投擲したメイスは当然回収できていない。安物なので気にはしないのだが、しばらく振っていたものなので少しばかり寂しさを感じる。
タビは金貨の山をストレージに収める。
用事も済んだし帰ろうかとしたところで、受付嬢が思い出したように声を上げた。
「そうです、タビさん。ダンジョン踏破したんですよね。後略済みのダンジョンはギルド章に記載されますから、今度ルルさんといらしてください」
「あぁ、そうだった。ありがとう。また来るよ」
筆記具を取り出してやることにギルド章の更新と記載して、今度こそタビはギルドを後にした。
「海底古道に奥の空間が!?」
「ええ、多分古代遺跡だと思います。……が、話を聞いてくださいビオテークさん」
いつものようにメイド服を着た男性は、タビの報告を聞いた直後に立ち上がって部屋に据え付けられたロッカーから武器を探していたが、窘められると席に戻った。ちなみにロッカーからは剣を取り出して持ってきたようだ。
そんなわけで海底古道を勧めてくれたビオテークにタビは今回の一部始終を伝えに来たのだ。
「かくかくしかじかだったんですよ」
「なるほど黒騎士が護っているのか……」
「いや何も話してないのにわかったんですか!?」
「いや、まるでわからん。街での噂を聞いただけだ」
その反応だと当たっていたようだな、とビオテークは笑う。
「いや、そもそもビオテークさんはいつ図書館以外の場所にいるんですか?」
「いやまぁ引きこもりだよ。領主がたびたびビブリオキーパーを寄越すくらいだ。彼も普段は冒険者をしているらしいが……。機会があれば会うこともあるだろう」
その機会はいつ訪れるのか聞き返しそうになってタビはぐっとこらえる。既に2桁を数える回数この図書館にやってきているが、それらしき人を見たことがないのだ。
一体この図書館はどうやって運営されているのかまるで分らないが、藪をつつくよりは便利に利用したほうがいいと今のタビは考えていた。
「それで、何か用があったんじゃないのかな」
「ああ、それなんですけど2つほど。1つめは『黒騎士を倒せますか?』」
「無理だ」
以前ビオテークが音魔法を古代遺跡で取得した話を覚えていたタビは、黒騎士とビオテークの強さを聞きたかったのだが、ビオテークの答えはバッサリだった。
「音魔法を取得した時は徹底的に隠れながら進んだからな。前も言った通り王国騎士5人を護衛につけてどうにか、という感じだ。それでも黒騎士1体相手に勝てるかどうかだろう」
「厳しいですね……。あそこには黒騎士2体が門番をしていましたし」
「それはそれで興味をそそられるんだがな……」
うむむ、と頭を抱えるビオテークは、どうにかして侵入できないかと考えているらしい。見たままの状況を伝えると「無理だなぁ……」と遠い目をして項垂れた。
「それからもうひとつ、発見報酬で結構な額をもらったんですけど、この街に家を建てるならどうすればいいか聞きたくて」
「住むのか!?」
「いえ、拠点だけです。あれば便利ですし、【精錬】した魔石を武器に込めるなら【鍛造】も欲しいじゃないですか」
「炉つきかー……。そうすると錬金術関連も?」
「そうそう。そうなるとある程度の広さがいるじゃん?」
「ある程度じゃすまないと思うけど……」
鍛冶をするなら溶鉱炉が、錬金術に手を出すと錬金窯が必要になって結構な広さが必要になる。ただ、古代遺跡を巡って魔法の謎を解き明かすのであれば、どこかで必ず武器防具と錬金アイテムが必要になってくる。
門番である黒騎士と戦うのですら3級の魔石が必要になるくらいだ。中にはドラゴンと真正面から戦う必要のあるダンジョンもある。鍛冶や錬金術の出来る従者が常駐してくれるとなおいいのだが……。
「うーん、それなら私が紹介しようか。錬金関連の道具はないが、溶鉱炉のある建物なら紹介できるぞ」
「えっ、本当か? 言っちゃなんだが溶鉱炉ってかなり広い建物が必要なんだが……」
タビの心配そうな顔を見ながらビオテークは「大丈夫大丈夫」と手を振る。
「ただ、今日これから行くのは難しいな。内見は明日で大丈夫かい?」
「あぁ……。何ならいつでもいい。正直こんなに報奨金が出るとは思わなかったからしばらく宿屋暮らしのつもりだったしな」
「それなら明日……、9時くらいに図書館の前で集合にしよう」
「了解。……と、同行者も連れてきていいか? 一緒に暮らすことになるから内見するなら一緒に見に行きたいんだが」
「構わないよ」
タビとビオテークはもろもろ必要なやり取りを済ませて別れた。
だが、タビはもっとしっかりと考えるべきだった。図書館のある場所、人を避けるように暮らすビオテークの暮らし。
何よりも、神父が「ビオテークに会いに行くならルルを連れて行くな」と言ったことを思い出せていたなら、あんな悲劇は起こらなかっただろうに。
タビはこの1週間海底古道に籠っていたし、死んだりもろもろの手続きを済ませたりで大変疲れていた。
そんな彼にこれから起こることを責めるのは、あまりに酷というものである。
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