12.海底古道周回

 海底古道周回1日目を終えたタビとルルは拠点に戻ってきていた。


「つ、疲れた……」

「疲れました……」


 拠点はある程度の広さが用意されている。テントを張る以外に、焚火スペースとして用意されているそこに、二人はバスタブを持ち込んで簡易浴室として利用していた。水魔法と火魔法さえ使えるのならば、容量無限のアイテムストレージと合わせて入浴し放題である。

 2人は既に入浴を済ませ(悪臭で鼻が曲がった状態で食べる食事のなんたる不味いことか!)、事前にルルが調理してストレージに蓄えていた夕食を口にしていた。今日のメニューはウルフ肉のハンバーグとエッグサンド、月光林檎ジュースだ。どれも珍しいメニューではないが、比較的安価に作れてそれなりに美味しい。


 食事が終わるとタビとルルはそれぞれ別のことをする。ルルは写経の続きだ。サイヒの街に入ってしばらく経つ。幾度かの金策で既に2人は基本4属性の魔導書を入手していた。しかし続けているのは【複写】Lvを上げるためであり、それから魔法技術の解析のためだ。


 逆にタビはさっそくとばかりに骨蝙蝠の素材を叩き潰す。今日入手できた骨蝙蝠の素材は約200匹分。重量にして5kgほどだろうか。袋に入れたまま骨をメイスで荒く叩き潰した後、すり鉢で潰していく。

 すり鉢の中で十分に細かくなったそれに、水魔法で水を数滴注ぎ、さらにゴリゴリと練っていく。小さな団子状になったそれをいくつも作り、まとめて火魔法で炙ると小さな魔石がたくさんできる。こうすることで魔力によって素材を固め、通りの悪い素材が少しずつ揮発していくのだ。

 タビはそれらの魔石をまとめて袋に入れ、メイスで粉々に叩き潰してもう一度すり鉢に入れる。先ほどより一回り大きな魔石が1つできて素材はなくなった。想像以上に大量の素材がなくなるが、普通に売るよりも魔石にして売った方が売値が圧倒的に高いのでタビは気にしていなかった。持ち運びやすいのでこちらの方が楽な気もする(もちろんストレージに入れる以上運搬の難易度は大差がないのだが)。


 そうして3時間ほど作業をしたところで、二人とも眠気に抗えなくなった。テントで寝袋に潜り込んで眠る。

 何も起きないまま、1日目の夜は更けていった。






 2日目の朝は快晴だった。ルルは少し残念そうにする。洞窟の中では青い空を見ることはできない。

 パンと干し肉を炙って食べてから、2人は再度海底古道に潜る。

 往復4回通っている道では、骨蝙蝠の出やすい場所や気をつけるポイントをしっかりと理解しだしたためか、確実に前日より早いペースで探索が進む。素材の破損も初日に比べれば少なくなってきており、魔石づくりが楽しみだとタビは笑った。


 昼食休憩を挟んだ後の2回目の探索では土座衛門の行動前にルルが顔面にメイスをぶち当てる芸当を披露して討伐時間を大いに短縮した。顔面の皮は凹凸が多くて素材に使いづらいため、この方法であれば比較的高価に買取をしてもらえるだろう。


 戦闘と休憩を繰り返しながら、タビとルルは確実にこのダンジョンの最適解を探し出していく。骨蝙蝠の討伐と回収も分業で効率よく、土座衛門の討伐と水魔法による洗浄を分けて出現から5分で悪臭を消せるようになり、初回は往復5時間以上かかっていたのも今や4.5時間を切ろうとしている。3日目からは疲労感も減り、1日3回の周回を難なくこなせるようになった。


 そしてそれは7日目の午前、総計17回目の周回で起こった。





「ハアァッ!」


 タビがメイスをブーメランのように投擲する。投げつけられた鈍器は狙い違わず土座衛門の喉を突き破り、回転する勢いそのままに土座衛門の首を捩じ切った。

 崩れ落ちる土座衛門の体に、控えていたルルが水魔法をかける。汚泥をながして……と考えたところで、何やら聞きなれない音が聞こえた気がして目を上げる。

 それはタビも同じだったようで、2人は目を合わせると一瞬緩んだ緊張感を引き締めて再度警戒を開始する。


『箱舟の入船コードを確認、乗船手続きを開始します』


 女性の声がした。淡白で平坦、個性の薄いその話し方はルルには聞き覚えのないものだが、タビは一つ思い当たる。


(アナウンス……。放送の概念すらないこの世界で……?)


 タビの考えをよそに、部屋はわずかに振動し始める。ゴゴゴ、と大きく揺れだしたのはちょうど2人が見ている正面の壁だ。先ほど投擲したタビのメイスが転がる一歩横の壁が、倒れるようにして道を作っていく。

 海底古道の最奥から新たに現れたのはここが海底だということを忘れさせる巨大な桟橋だ。太さはここまで歩いてきた洞窟よりも一回りも二回りも広い。桟橋の両脇は海が広がっているようで、しかし波の1つさえなく鏡のように海水が湛えられているだけだ。

 桟橋はどこまでも真っすぐに続き、その果てを見ることができない。そもそも桟橋の入り口で槍を交差させ、誰一人立ち入らせんとしている者が2人存在していた。


 彼らはタビよりも高い背に隆々たる体躯を持ち、白い刺青を隠すような黒い鎧を身に纏った戦士。


「黒騎士……」


 本来こんな初心者向けのダンジョンに出てくる相手ではない。古代遺跡の最深部にある宝物庫やボス部屋の護衛として現れる正真正銘の難敵である。

 上がりにくい戦闘技術の称号を複数個はLv4まで上げて、3等級の魔石武具で全身を覆った冒険者が4人がかりで何とか1体……という相手だ。タビが現在持っている中だと【剣術】と【火魔法】がようやくLv3、Lv4に至るためにはおそらく数か月程度はかかるだろう。戦闘技術は指数関数的にレベリング難度が上がるため、ゲーム時代ではLv6の実在さえ確認されなかった。

 ERのゲームとしてのストーリー終盤でもなければ見ることもない敵を前に、タビとルルは絶句して、そして動けなくなっていた。


(勝ち目がないな……)


 黒騎士たちは一切動きがないが、それはゲーム時代の動きと一緒だ。射程圏内に入らない限り向こうは動かない。そして今の実力では、向こうが動いた瞬間タビとルルは即死だろう。

 黒騎士は槍の他に剣、斧と拳を使い、その上で追い詰められると基本4属性と氷、雷を合わせた6属性の魔法を繰り出してくる厄介さに加え、3本の生命力ゲージを持っていて、要するに3つの行動パターンを持っている。


「ルル、引き返そう。あいつらはダメだ……」

「……は、はい……」


 強すぎる敵意を向けられて茫然自失としていたらしいルルの肩をゆする。ルルはどうにか思考を取り戻したようだ。タビは声からそれを判断する。黒騎士から視線を逸らすことができないのだ。

 だが、それがよくなかった。


「じゃあ、あのメイスだけ取ってきますね」


 ルルはそう言って落ちているメイスの方に駆け出す。

 ――黒騎士たちの待機する扉のすぐ隣へ。


「危ないっ!」


 近づいてきたルルを敵とみなした黒騎士が一歩を踏み出し、構えていた槍を突き出す。タビはその動作を見てとっさにルルを突き飛ばす。

 脇腹を熱の塊が貫いた。


「がっは……」


 ドクンと心臓が跳ねる。次の瞬間槍は弧を描いてタビの体を分割する。悲鳴を上げることさえできないまま、タビの意識が闇に沈む。

 突き飛ばされたルルが無茶をしないか、それだけが心配だった。

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