11.海底古道攻略
「そう言えばこのあたりで初心者向けの、できればトラップの少ないダンジョンを知らないか?」
「ふむ、金策と強化を兼ねたダンジョンだと海底古道だな。海底っつってもここから歩いて行ける地下道みたいな感じだな。ボスの腐死者土座衛門を除けば骨蝙蝠くらいしか出ない。こいつらの情報はいるか?」
メイド服を着たその男はタビを先導しながら館内を歩く。タビのいた図書館にあったような分類もなくただ雑然と並べられた本棚だというのに、ビオテークの足並みに迷いは見受けられない。
「うーん、知ってるけど同行者がいるからね。できれば借りれると助かるんだけど」
「おう、じゃあこれだ」
ビオテークが取り出したのは、製本された本というよりも冒険者が乱雑に書いた手記といった趣の本だ。ノンブル(ビオテークが寄贈を受けたときにつけたと自慢気に語っていた)をもとに言われたページを開くと海底古道の概要や注意点が書かれている。
「槍とメイスか……。そのあたりも入手して行ってみようか」
「行くんだったら気をつけろよ。難易度もそれほど高くないししばらく籠るんだろ?」
「まぁ、そう言うことだね」
タビはあれからもちょくちょくビオテークの元を訪れていた。お互いまとまった情報を得られる相手は貴重で、特に今後の活動に影響のあるタビは情報収集に積極的だった。そのために真っ先にビオテークに図書十進分類法を教える徹底ぶりだ。タビはそれで図書館の文書が整理されるといいと思ったが、図書館に常駐しているのはビオテークだけのようで、作業はまるで進まなさそうなのが残念だ。
「じゃあ、海底古道で湧き狩りが終わったころまた来るよ」
「ああ、いい土産話を楽しみにしてるぜ」
それが一昨日の話。昨日を槍とメイスの練習に充てたタビとルルは、2人で海底古道にやってきていた。
海底古道はサイヒの街の北東、サイヒ海岸をさらに北に行った場所にある洞窟だ。付近の岩場を進むとぽっかりと開いた入り口が姿を現し、2階層合計で約5kmほどのほぼ一本道が続いている。
既に多くの冒険者が踏破している初心者向けのダンジョンで、ビオテークの言葉通りトラップの危険性はほぼ0。道中で頻繁に出てくる骨蝙蝠は槍で突き落とせば簡単に討伐でき、ボスの腐死者土座衛門は名前の通りぶよぶよの腐乱死体だが、鈍器で殴りつけると簡単に部品をパージしていくためそれほど難しくない。
骨蝙蝠が約10分、腐死者土座衛門が約3時間と比較的短時間でリポップするので荷物を大量に持ち込んでしばらくの間湧き狩りを繰り返すことで初心者には比較的容易な金策ができる……。
「そんなわけで行くぞー、ルル!」
「……何がそんなわけなのかわかりませんが、わかりました。タビお兄ちゃん」
今日は2人して槍を装備している。強度は求められないので、シンプルな木の柄と鉄の穂先でできた安物を購入した。いずれもう少し高価な槍が必要になったら買い換えよう。
長さは1.5mほど。洞窟の天井は高くても3m程度に収まるとのことなので、ルルでもなんとか届くだろう。
「届かない場合は魔法で、ですね」
「そういうこと」
改めて作戦を確認したら、いざ初めてのダンジョン攻略へ!
元気に宣言したところで、ダンジョンに入ってまずやることは拠点づくりだったりする。
というのも、2階層5kmを踏破してボス戦を行うのに必要な時間は約2時間強とされているのだ。引き返しても5時間あればお釣りが来る。
なので入り口に拠点を作って1日2~3回のアタックを繰り返すというのが海底古道における湧き狩りの基本だった。
そんなわけで海底古道の入り口の隣には風雨が入りにくいよう崖が削り取られている場所がある。そこにキャンプ用テントを設置して風よけのシートを張れば即席拠点の出来上がりだ。
「食料ってどれくらい持ってきてたっけ」
「ええと、予備を除いて1週間分くらいですね」
「じゃあひとまず15回目標で頑張ろうか」
「はい、頑張ります」
ダンジョン内は最近寒くなり始めた外以上に気温が低く、ひんやりとしている。壁にはヒカリゴケが生えていて、明かりを付ける必要性がない程度には照らされている。時折天井から落ちる水滴がピチャーン、ピチャーンと洞窟内に反響しているようだ。
本来蝙蝠がいる洞窟であれば獣臭やふんの匂いですごいことになるはずだけど、ここにいるのは骨蝙蝠……簡単に言えばスケルトンなのでどちらの匂いもない。強いて言えば雨の後の湿った土の匂いが漂っているくらいか。
「ルル、見て。あそこだ」
「……! はい」
早速骨蝙蝠を発見する。天井に下がって寝ているようで、動く様子はない。
ルルは槍を構えて目標を見据えると、躊躇わずに突き出した。昨日の訓練でLv2まで育った【槍術】で繰り出された槍は違わず骨蝙蝠を貫いて、バラバラになった骨が地上に落ちる。
「……! やりました!」
「これなら何とかなりそうかな」
タビは骨蝙蝠の残骸を袋にしまう。多少乱雑だが、小柄で強度も低い骨蝙蝠の骨は用途が少ない。砕いて粉末にした後魔力で固めて魔石にするくらいしかないのだ。
魔石は魔物の骨や爪から生成されるアイテムだ。もともと魔力を吸って固くなっているこれらの部位を砕いてすり潰したあと、魔法で固めていく。固め終わったらこれをハンマーで叩き割り、さらに素材を加えて大きくする。繰り返すうちに魔法の通りがよく大きな魔石となっていく。ある程度まで大きくなると強化された魔石は砕けなくなるので、武器に使う場合はそこまで育ててから埋め込むのが一般的だ。
魔石の使い道は杖や金属製メイスといった魔力の通りがいい武器に埋め込んで魔法の補助具として使用するか、使い切りの魔力発動体――簡単に言えば爆弾――にするかといったところだ。
魔石の素材は、魔物の種類によって基本魔法と同じく火水風土の4属性、強さによって6等級に評価されて例えば骨蝙蝠の骨は風6級素材……などと呼ばれる。大抵は属性・等級ごとに素材を分けて魔石にするので、魔石の価値は属性・等級・大きさの3つで決まる。
魔石の入手難度は(特に作業量の面で)高く、等級の高い魔石はかなり高額で取引されるが、一方で等級の低い魔石はかなり需要が低い。持っている者は買い替える必要がほぼないので、買うものがほとんどいないのだ。
「どうせその内高い等級の魔石も作らなきゃいけないしね」
「タビお兄ちゃんは何等級を作るつもりなんですか……」
「2等級くらいはないと古代ダンジョンのボスの湧き狩りとかできないからさ……」
「2等級……」
というわけで骨蝙蝠の素材は全部磨り潰して魔石にするつもりだ。この手の技術は大抵称号によって品質が上がるので、いいものを作りたいなら繰り返すしかない。
2人は骨蝙蝠の獲り漏らしがないように慎重に進んでいく。幸い骨蝙蝠自体はかなり弱く、【隠密】と【槍術】があれば苦戦することもなかった。多少大きくなったとはいえ、階層を降りた後もその状況は変わらず、同じ苦労でより大きな骨蝙蝠を手に入れることができてタビはホクホクだった。
洞窟に入ってから2時間ほどしたところで、この洞窟の行き止まり――やや開けた円形に近い空間――が見えてくる。2人は周辺の骨蝙蝠を残さず討伐すると、洞窟の壁を背にして座り込む。
「やっと着いたね」
「はい……緊張でどきどきします」
「大丈夫。そのために昨日練習したんだから」
「はい」
しばし休憩を取ってから、2人は縁系の部屋に入る。中には小さな水たまりが1つ。それ以外はヒカリゴケに覆われた壁が続くだけで、何もない。
「さて、行くよ。ルル」
「頑張ります、タビお兄ちゃん」
声をかけて2人は前を――小さな水たまりを――見る。その声に答えるかのように、澄んでいた水たまりがどろりと濁りだし、あたりに腐敗臭が漂いだす。腐敗臭が強くなるにつれて水溜まりは大きくなり、
ビシャアアアアアアアアアアアアアア!
周囲に汚水を撒き散らしながらそれは這い出した。
――腐死者土座衛門。
腐乱した巨大な動く水死体。高さは2mを優に超え、鈍重ながら強烈な攻撃を繰り出してくる魔物だ。腐っているが故に鈍器で殴りつけるとその部位が吹っ飛んでいく。なので槍でヘイトを稼ぎつつ、油断したところを鈍器で殴るという攻略方針でほぼ確実に勝てる相手なのだ。
タビとルルは左右に分かれる。今回はタビが槍を、ルルがメイスを構えている。
「せりゃ!」
「ビャアアアアア!」
開幕で一突き、鈍重な土座衛門の肩口に槍を突き刺してタビは土座衛門を誘導する。槍は肩の骨で止まったものの、土座衛門は脅威を認めたのかタビに向かって腕を振り下ろす。
素早く槍を引いたタビにはその攻撃は当たらない。
そしてその隙を見逃す2人ではなかった。
「ルル!」
「はい!」
後ろから忍び寄っていたルルが、手に持ったメイスを土座衛門の足に向けて振り下ろす。肉の弾ける湿った音と骨の砕ける音がして、次の瞬間土座衛門が崩れ落ちる。巨体を支える足を失ったのだ。
思わず振り返る土座衛門の後頭部に、タビの追撃の槍が突き刺さる。ルルに振り下ろそうとした腕がわずかに止まり、その隙にルルが土座衛門の死角に入る。
タビが頭が回らないように固定している間に、ルルはメイスを幾度も振り下ろす。その度に腕が、足が、首が落ちていき、土座衛門は動かなくなる。
「……やったね……」
「……はい……」
2人はしっかりと土座衛門が倒れていることを確認し、その場に腰を下ろした。緊張から解放されて、しばらくは動けそうになかった。
「……初めてダンジョンを制覇しました……」
「俺もだよ」
2人はしばらくはダンジョン攻略の余韻に浸っていたが、この後引き返すことも考えて早めに土座衛門の素材を剥ぎ取った。主に丈夫な皮が重宝される。このダンジョンでまともな収入源になるのはこの皮くらいだが、森林ウルフなどを狩っているよりよほど実入りは大きい。ちなみに骨は水5級の素材。
それ以外は腐臭で使えたものではないので、水魔法で汚泥を洗ってから解体した。
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