第1章:名もなき村と初めての旅

04.名もなき村の探索

「ところで村長の家ってどこにあるんだっけ?」


 タビが問いかけるとルジュ――名もなき村の宿屋の娘――は「隣ですけど」とこともなげに答える。

 ルジュはタビの前の椅子に座ると「あ、一緒に食べてもいいですか?」と尋ねながら朝食を食べ始める。タビの返答を待たないあたり、自由気ままと言った風情だ。


「隣だったか……。昨日行けばよかったかなぁ」

「タビさん、村長さんに用事だったんですか?」

「地図が見たくてね……やっぱりたくさんは置いてないから」

「あー、地図ですか。それなら村長さんのところしかないですね」


 なんだか思い出す必要がある記憶があるような気がするが思い出せない。ひとまずご飯を食べたら思い出すだろう、とタビは出された朝食を眺める。

 今日の朝食はベーコンエッグを乗せたトースト、夜光キノコと春キャベツのソテー、クラウンコーンの冷製ポタージュの3品だ。普段朝食をコーヒーとゼリー飲料に頼っていたタビには少々重いが、昨夜の就寝が早かったこと、昨日の活動が濃かったこともあってペロリと平らげてしまった。

 タビが特に好きだったのがソテーで、春キャベツの濃い甘みと夜光キノコの肉厚な旨味が醤油ベースで丁寧にまとめられていて、十年近く家庭料理を食べていなかったタビは思わず泣きそうになった。


「タビさんはあと6日はこの宿に泊まるんですよね。そのあとはどこかに行くんですか?」

「うーん、どうだろう。資金が溜まれば旅に出たいけどね。まだこの世界のこともよくわかってないし、しばらくは情報収集かなぁ」

「できれば長くいてくださいねー。その方が楽しいですから」


 ルジュはトーストの上のベーコンエッグをつるんと口の中に滑らせながらそんなことを言う。どこから持ってきたのか、月光林檎のジャムをトーストに塗りなおしている。

 その林檎らしからぬ白いジャムを見ながら、タビはあることを思い出した。


「そう言えばこの辺だと白磁の花ってどの辺に咲いてるの?」

「白磁の花ですか? 冒険者さんたちは南の森の中……えーっと林道外れの泉のそばでよく採取してるみたいですよ」

「南の森の林道外れの泉……ね、なるほど。ありがとう」


 タビはその情報を宿据え付けのメモ帳に書き写して――後で筆記用具をそろえようと強く誓った――ルジュに礼を言うと村を見て回るべく宿を出た。


 ちなみに、昨日門番にもらった地図のことは、家を出てから思い出した。






 村には教会、冒険者ギルド、宿屋と村長宅のほかに小さな商店が一つだけあって、近くの街から仕入れたアイテムを村に売っているという。

 タビは攻略サイトで村の商店でショートソードを2000本買って売り切れなかったという報告を聞いているので、商品があればどれだけでも買えるのだろうと思っている。ちなみにERに武器や防具の消耗の概念は存在しないので2000本のショートソードは全て売却されたという話だった。


 そんなわけでタビは村の商店にやってきていた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。君が噂の放浪の民かな」


 商店の主は40代中ごろと思しき男性だ。恰幅のいい肉体は、やはり村の中でもお金持ちだからたくさん食べているのだろうか、まで考えたところでタビはその説を否定する。ERの世界ではそこに暮らす民は無限の財産を持っている。だから「いかにも商人らしい」という以外に、彼が恰幅がいい理由はないのだろう。


「ええ。もう噂になってるんですか」

「そりゃもう。何せ放浪の民が来るのは珍しいことだからね。お兄さんはどこに行っても歓迎されるよ」

「ははは、俺は目立たない方が楽でいいですけどね」

「放浪の民はみんなそう言うらしいなぁ。っと、何か買い物だったかい」


 店主はそう言って棚を示す。初期の村なので狭い店舗に比例して売っている商品は多くない。

 タビの目的はその中でも魔導書と武器だ。防具や薬の類はタビが放浪の民である以上後回しでも構わない。というよりもこの世界の住民もまた不老不死である都合上、防具や薬など多くは流通していないので意外と高額だ。


 魔導書は魔法を覚えるためには必須だが、こちらも基本的に価格は高い。魔導書と言いながら読む必要がなく、アイテムストレージに入れれば使用可能となるシステムを(このために【ステータス念写】の魔法を放浪の民が手に入れることができないことを除いて)タビは案外気に入っている。

 もちろん書というくらいなので手動で読むこともできるし、中に書いてあることを書き替えることもできる。これは長い旅の中で魔法を書き換えて楽しむしかないな、とタビは思っている。

 幸い、小さい商店の中には2種類の魔導書が存在した。<基本魔法・火の書>と<基本魔法・水の書>だ。タビは少し迷ってから<基本魔法・火の書>を購入することにする。骸骨ウサギの討伐や幽霊草の採取は墓地で行うのでアンデッド対策があった方がいい。

 手持ちの金貨が6割ほどなくなったが、また稼げばいいだけの話だ。ギルドランクを上げるためにも魔物の討伐は必要なので、しばらくはこの村中心に金策とレベリングをする方針だ。<基本魔法・水の書>の価格を別途購入した筆記具に控えておくことも忘れない。


 武器は扱いやすい片手剣と、魔物解体用のナイフを2本ずつ購入する。必要ないとは思うが、予備はあっても困らない。幸いERのアイテムストレージは容量無限、武器の耐久度は考慮する必要がないので、紛失以外で予備を使うことはないだろうが。

 小さな村では仕方がないとはいえ武器の品質はそこまでよくないので、タビは大きな街に出たら武器の買い替えも必須であることを確認する。


 タビは残った資金で買い込めるだけの食料を買い込む。迷子になる気はないが、長期間村を離れても大丈夫なだけの食料は常に確保しておきたい。食料に不自由しない日本で育ったタビにとって、餓死でのリスポーンは絶対に避けなければならない地獄だ。

 買い込んだ食料は水のほかにパンや干し肉など。流石に生鮮食品は高いので手が出せない。価格は”神”によって定められているため、いつどこで買い物をしようとも同じだ。大人しく金策をする必要があるだろう。


「しかしいい買いっぷりだな、放浪の民ってのは」

「”出てきた”ばかりですからね。何かと入用で。まだしばらくは村に滞在するんで、また来ると思います」

「それは助かる。何か仕入れといて欲しいものとかはあるか?」

「んー、それなら魔導書が何かあれば。おススメ一冊欲しいかな」

「わかった。1週間後だな、構わんか?」


 店主はにかりと笑う。魔導書はさほど多く流通しない商品だが、それを持ってくる自信があるのだろう。


「助かります。ありがとう」


 タビは買い忘れがないことをもう一度確認して、商店を後にした。






 タビはその足で村長の家に向かう。村長の家は質素な戸建てだ。タビが今まで寄ったどの施設よりも小さいが、普通の民家だしそれも妥当だなとタビは思う。


「おはようございます。朝からお邪魔して申し訳ありません」

「おはようございます、放浪の民よ。構いません。村長とは言っても、誰かと話しているのが仕事のようなものでしてな」

「そう言ってもらえると助かります」


 村長は白髪交じり、腰も曲がり始めた老爺と言った男だった。部屋の奥には彼の妻らしき姿もある。


「こちらで地図を見せていただけるとうかがったのですが」

「ああ、地図ですか。そうですな。確かにこのあたりの地図は必要でしょう」


 村長はどこだったかなと家の収納を探す。箪笥の隅に入っていたようで、やや古ぼけたそれを村長は丁寧に持ってきた。


「こちらがこの村周辺の地図です。村の財産ゆえお渡しすることはできませんが」

「いえ、構いません。写させていただいても?」

「ええ、どうぞ」


 タビは先ほど購入した筆記具を取り出して、地図を写していく。地図はこの村を中心とした狭い範囲の地図で、精々が隣町までの広さしかない。基本的に村は360度全てを森に囲まれている。


 この村の南東にはタビが通ってきたはじまりの林道を挟んで同じように名もなき村がある。おそらくどちらに行っても同じような施設、イベントがあるのだろう。タビはマッパー気質があるのでいずれは行ってみたいが、優先順位は下げていい。


 林道の途中を西に外れると、ルジュと話した林道外れの泉がある。村からはちょうど真南の位置になるだろうか。森の中を徒歩で1時間も歩けば着くらしい、と村長の話も書きこんでおく。依頼があるのでこちらは優先して向かった方がいいだろう。


 村を北に出てしばらくすると、東西に分かれた道が走っている。こちらは馬車がすれ違えるような広さの道だ。物資のやり取りなんかは大抵ここを使うらしい。東にはサイヒの街、西にはトウロウの街があって、どちらもそれなりに大きな街だという。どちらも地図の中に街は描かれておらず、村長によれば馬車で5日はかかるという。


 村の東に30分ほど歩いた場所には名もなき廃墓があるという。昔墓荒らしが出てから夜になるとアンデッド系のモンスター――十中八九骸骨ウサギだろう――が出てくるので使われなくなったという。火の魔法を試すならこちらの方がいいかもしれない。


 村の周辺にあるものは大体こんな感じだそうだ。あとはひたすら森が広がっている。森の中では森林ウルフが生活していて、特に大きな物のない西側に多く出没するとか。

 タビは村長の説明をありがたく書き留めて、アイテムストレージにしまう。これで、マップを見れば歩き回って自動マッピングされた地図に、書き留めた地図を重ねてみることができる。いずれ不要になるだろうが、とりあえずあれば役に立つ機能だ。


「村長さん、ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ、タビさんのお役に立てたようで幸いです。なにぶん面白いものもない村ですが、ごゆっくりお過ごしください」


 タビは重ねて村長に礼を言って村長卓を辞した。

 これでひとまず村で済ませるべきことは終わったことを確認して、タビは考える。行くとしたら泉と廃墓、どちらからだろうか。

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