第93話 綱渡り……でもやるしかない!

★★★(クミ)



 多分……いや、絶対そうだ。

 このロトアとかいう男……私の事をトミと間違えている!


 理由はいくつかある。


 まず、迎え入れる必要のない訪問者である私たちを、わざわざ入れたこと。


 だって、身内みたいなもんなんだもの。

 それがわざわざやってきたのに、村に入れなかったら失礼だ。


 しかも、連中の大ボスの立ち位置にいるはずの自由王フリーダの直属の部下だよ?

 つまり上司。

 そんな人物を、門前払いしたら後でどんなお仕置きをくらうか……。



 じゃあ、何で出迎えが無いのか?

 そんな重要人物が訪ねてきたら、責任者自らが応対するのが普通じゃない?


 それについても、理由は思い当たってる。

 それはきっと、私が最初に名乗らなかったからだろう。


「自由王フリーダの片腕・監督官トミが来ました。村に入れなさい」


 って。


 だから、お忍びで村の様子を見に来たのではないかと思われたのでは無いかな?


 で、後で白々しく「おや、気づきませんで。申し訳ない。しかし何の誤魔化しも無い我が村をみて、どう思われましたかな?」とか言うつもりなのかもしれない。

 露骨な点数稼ぎだ。


 抜き打ちで見られても、こんなしっかりした監督官の仕事をしておりますよ、と。



 そして一番大きな根拠は、この手紙が取り上げられなかったことだ。


 この策を考えたオネシ君には申し訳ないけど……


 甘いよ。


 見抜かれるに決まってるじゃん。


 明日の朝御飯の弁当箱に忍ばせるとか、そういう風にしないと。

 ラブレターとはいえ、手紙を渡しておいて。


 疑われないかも? なんて。


 ゴメンね? 本当にゴメンね?


 子供の発想だと思う。


 でも、そんな穴だらけの子供の策が、こうして私たちに通った。


 それが意味するところは……



 想像してみて欲しい。


 もし、私たちが本当にお忍びでこのマーカイ村の様子を見に来たトミ一行だったとして。

 そんな私に、村人が手紙を渡して来て。

 それを、本当は私がトミであると知りながら、私がそれを読む前に回収しようとしたら……


「ひょっとしてこの手紙、私に知られるとまずい事でも書かれてるのか? この状況で私がトミであることにロトアが気づいてないはずがないし」


 そういう風に取られるんじゃ? って心配してしまうのでは?

 身内であれば知られても問題ない内容のはずなのに、神経質になったせいで藪蛇になる可能性がある。


 それで謀反を疑われて、フリーダに処刑される、ってのも十分考えられる展開。


 だったら、放置するのが正解じゃん。

 脇が甘いって注意を受けるかもしれないけど、謀反を疑われるよりはマシ。




「クミさん、どうしよう?」


 私が今の状況について、推理でそこまでたどり着いたとき。

 アイアさんが、緊張した面持ちで、私にそう話しかけてきた。


「……そうですね」


 そんなアイアさんの顔を正面から見つめ。

 私は後を続けた。


「一番安全で、良い対応策は、私たちがこのまま、この村を出て行くことだと思います」


 無論、声は抑える。


 そう。

 それが一番、私たちにとっては安全で、この村にとってもベストな選択。


 幸い、私たちは拘束されてない。

 手紙も、ロトアの勘違いで私たちの手に渡ってしまった。


 だったら、この手紙を持ち、王都ゴールに急いで、王都のお役人にこの手紙を差し出せばいい。

 そうすれば、この国がこの村を救う算段を立ててくれるだろう。


 これならほぼ、100%この村を救える。


 でも……


「ただし、その場合、この手紙をくれたオネシ君の命は無いと思います」


 だって、手紙を渡したこと、バレてないはずがないし。

 そんな悠長な手段を取れば、村は確実に救えるかもしれないけど、オネシ君は間違いなくその間に処刑される。

 そうならないはず、無いよね。


「えっ」


 アイアさん、ちょっと意外だったようで。


「どうして?」


「この手紙が告発文であることを見抜かれてないはずが無いからです」


 アイアさんの問いに、私は即答した。


 理由を、後に続ける。

 アイアさん、驚いてた。


 まぁ、アイアさんには言ってなかったもんね。

 トミの事。


 トミの事を知ってるのは、私以外はオータムさんと、セイレスさんと、サトルさんだけだから。

 そしてトミの存在の真実を知ってるのは、私以外ではサトルさんだけ。


「……そんなことが……」


 アイアさん、考え込む仕草。

 まぁ、色々思ってるとは思う。

 何で究極混沌神官っていう、凶悪犯罪者の直属の部下に、そんな私そっくりの女が居るのか、とか。

 私とその女の関係性は? クミさんって本当は何者なの? とか。


 言いたいことあるんだろうけど、分からないし、取りようによっては私との関係性が壊れるかもしれないから。


 言わないで居てくれてる。


 ……こんな状況だけど、嬉しかった。


 私との絆、大事だと思ってくれてるんだね。嬉しい。


 私は、そんな感謝の気持ちを横に置き、話を進める。


「……これは、私の読みですから、外れる可能性も無論あるんですけど」


 最初に、念押し。


 さっき「絶対」って言ったけど。

 それはあくまで、私の主観での「絶対」だから。


 そもそも、世の中に「絶対」は無い。


 そこを忘れると、いつか足を掬われると思う。


 だから、念を押した。


「……この男が勘違いしているということを前提にすれば、立てられる策があります」


 真剣に顔を突き合わせ、私たちは話し合う。

 命にかかわることだから。


 いい加減な気持ちでは話せない。


「……言ってみて?」


 アイアさんの顔は、いつにもまして真剣で、凛々しかった。




 ガシャコン、ガシャコン。


 ズシン、ズシンというアイアさんの足音の後に、アイアさんの鎧の立てる音が続いている。


 冒険者として完全装備に身を包んだ、私とアイアさん。

 私はしっかり革鎧を着こみ、愛用の杖を握りしめ。


 アイアさんは、全身鎧を身にまとい、兜まで被って、面貌を下ろしてる。

 無論、愛用武器の巨大両手持ち戦斧「ビクティ二世」を引っ提げて。


 ふたりとも、冒険者としての完全体。

 そのいでたちで。


「監督官の居場所を教えなさい」


 道中、村人にそう訊ねて、聞いた場所に向かっている。


 監督官・ロトアが住んでいるのは、元々村会議の集会所だった場所で。

 そこを丸ごと、自分の住居兼自分の狂った洗脳教育の学び舎にしているらしい。


 訊ねられた村人は、最初口を噤んでいたけど。


「私はあの男の上司なんだけど?」


 そういうと、すぐに話してくれた。


 ……ちょっと申し訳なかった。脅しているのと同じだからね。

 でも、しょうがないんです。


 許してください。



★★★(アイア)



 クミさんが提案した策。

 それは。


 自分がトミに成りすまし、ロトアを騙して魔神を殲滅する方向に動かす。


 これだった。


 魔神さえ殲滅すれば、後に残るのは、心が歪んでいるただの自称賢者だけ。

 この村を救ったも同然だ。


 そしてこうしないと、オネシ君を救えない。

 そうも続けられた。


 今日、この場でこの村を解放しない限り、オネシ君は救えない、って。


 それに関しては同感だった。


 もう、手遅れかもしれないけど、だからといって、救えるかもしれない少年の命をあえて救おうともしないなんて。

 私は勇者を目指している。


 そんなの、勇者のとるべき道じゃない。


 私は、そんなクミさん……いや、今は監督官トミの護衛役を装って、後ろに付き従って歩いている。

 念のため、偽名も決めておいた。


 マリア、だって。


 偽名って、元の名前と語感似てた方がいいらしいから。

 そういうもんらしい。


 そういうわけで、今の私は悪の戦士マリアだった。



 そして。

 ズシンズシンと一緒に歩いていると、見えて来た。


 村の中央部に聳え建つ大きな建物。

 2階建てくらいで、木造。


 大きな庭を併せ持つ、塀で囲まれた建築物。


 中には灯りがついていた。


 門のところに看板が掛かっていた跡があったが、今は外されていた。

 多分「マーカイむら むらかいぎしょ」とでも元々は書かれていたんだろう。


 門は、閉じられていた。


 クミさんが、その前に立つ。


「開けなさい。トミよ。聞こえてる!?」


 そして、大声で言った。

 腹筋が使われてる感じ。

 クミさんだって鍛えてるからね。これくらい当然かも。


 すると。ほぼ間を置かずに。


「失礼しました。どうぞ」


 門の向こうから、にこやかな表情を浮かべた男がやってきて、門を開けてくれた。


 何気に、この村に入ってからはじめてみた大人の笑顔。


 ……多分、こいつ人間じゃないんだろうなぁ。


 門が開けられたので、ふたりして足を踏み入れる。


 招き入れて来た男は続ける。


「準備は出来ていますので、応接室でお待ちを。主はすぐに参りますゆえ」


 媚びるような笑みを浮かべたまま一礼し、男は言った。

 だけど。


「不要よ」


 クミさん、即答。

 腕を組んで厳しい口調。

 仁王立ち。


「私は遊びに来たんじゃ無いの。仕事しに来たの。あなたカオナシよね? それなのに何か誤魔化そうとしてない? フリーダの呼び出した魔神なの本当に?」


 矢継ぎ早に飛び出す非難の言葉。

 ……オータムさんの話からの想像らしいけど。


 監督官を名乗っている以上、配下の魔神は、ロトア本人が召喚したものでは無く、フリーダから借り受けている可能性が高いそうだ。

 監督官って、フリーダが「こいつの理想とする社会を作らせてみよう」と選定した人物を指す役職名で。

 混沌神官である必要は無いらしい。


 魔神を呼び出すには生贄が要るから、オネシ君の手紙から想像するに、ロトア本人が召喚者である可能性はだいぶ薄い。

 もしそうなら、事前に村人が大量に失踪したって話が無いと辻褄が合わないし。

 それに、監督官を名乗る理由もなくなる。

 フリーダの下につく必要がなくなるんだから。力が自前なんだからね。


 だから、おそらくロトアは混沌神官では無い。


 ……まぁ、将来的にそうなる可能性は無くは無いんだけど。


 するとそのカオナシ?

 顔を強張らせて「申し訳ございません! ただちにこの場に主を呼んでまいります!」と建物の中に引っ込んでいった。


 ……ここまでは、大丈夫、かな?


 しばらくそこで待っていると。


 ランタンを持ったずんぐりむっくりの、髭を生やした着流し姿の短足男が慌てて建物の中から飛び出してきた。

 かなりの美人を1人、横に伴って。


 その美人……穏やかな感じで、長い髪を三つ編みにしてひとつにまとめた妙齢の女性なんだけど……多分、こいつも人間じゃ無いんだろうなぁ。

 上等な感じの、紫色の着物姿。


 ……おそらくこいつも、カオナシ。

 位階はちょっと分からないけど。


 何せ、カオナシは変身するからね。

 能力が明らかにならないと、位階が分からない。

 外見で区別できないから。


「お待たせしました。トミ様」


 息が上がって、ハァハァ荒い息をしつつ、男。

 状況からして、こいつがロトア。


 こいつが、この村を地獄の魔界にしてしまった張本人……!


「……あなた、何のつもり?」


 クミさんは、そんなロトアを冷たい目で見据えながら、問いかける。


「……何のつもり、とは?」


 わけがわからない、という風に、ロトアと思しき男。

 そこに、クミさんは叩きつける。


「あなた、フリーダへの謀反を企んでるわね!?」


 その声は断言口調で。

 有無を言わせないものを感じさせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る