第92話 魔界の村

「ラブレターじゃないってどういうこと?」


 アイアさん、困惑してる。


 ……だよね。


 私も最初分からなかったよ。


 いきなり「ごめんなさい。これ、ラブレターじゃないです。そしていたずらでもないです」って一文で始まるんだもの。

 困惑しながら読み進めると、さっきまでのちょっと緩んだ精神状態、あっと言う間に消え去った。


 簡単にこの手紙の内容をまとめると……


「この村、実は監督官っていう存在に牛耳られてて、恐怖で支配されてるらしいです」


 ……アイアさんの耳に顔を寄せて、声を抑えて伝えた。聞かれるとまずいから。


「えっ!」


 アイアさんの表情も変わる。

 ラブレター騒ぎで緩んでたアイアさんの精神状態も、変わったみたい。


「私が説明するより、本人の訴えを読んであげてください。そっちの方が良いです」


 そうやって囁きながら、私はそのラブレターを装った、助けを求める手紙をアイアさんに手渡す。



 手紙に書かれているのは悲惨な、理不尽な内容だった。



 この手紙の書き手、オネシ君の村・マーカイ村は、しばらく前から監督官という、魔神を従える男に支配され続けてるらしい。

 この監督官を名乗る男。元々は村で「賢者」を自称し、村人の中で浮いていた男で。

 名はロトア・スター。


 ひたすらに、村長になりたがっていた。


 この村、村長を合議で決める伝統があり。

 ようは村人の投票で決めてたんだ。


 この世界では珍しいけど、世襲では無かったんだね。


 理由は


「村長なんてちょっと報酬が多いだけで、それ以上に責任を背負わされる苦しい役職だ」


「だったらそれに耐えうる人間を、自由に決める方がいいのでは」


 そういうことを言い出した村長が過去に居て、それからずっとそうらしい。


 その賢者を自称する男・ロトアは、それが不満だった。


 何故なら、その村長候補者に自分がどうしても選ばれないからだ。

 村長は、前任者が引退するときに、村会議の代表に選ばれた人間から、前任者が選ぶ。

 だから村会議の代表者になれないと、村長にはなれない。


 その自称賢者は1回も代表に選ばれたことが無かった。

 屈辱だったんだろう。


 その代表って、他薦らしいんだよね。

 立候補はできなかったみたい。


 賢者を自称しているのに、誰も彼を代表に選ばなかったんだ。


 まぁ、彼の言動はおかしかったらしいけど。


 曰く「祭りは無駄だからやめろ」「墓場を潰して畑にしろ」「村の記念碑は邪魔だから撤去せよ」

 およそ人間の情緒や、温かみが感じられない、村の歴史や伝統を否定した主張ばっかりしてたらしい。

 そんなの、この村の誰も支持しなかった。


 だから選ばれなかったのに。


 自分が選ばれないものだから、その自称賢者・ロトアはこんなことを言いだした。


「村長を村人が決めるような手法をとってるのはこの村だけだ」


「他は世襲や、村長が単独指名して決めている」


「この村の奴らは馬鹿ばかりだから、俺の素晴らしさが理解できない。このやり方は欠陥がある!」


 ……当然、誰も耳を傾けなかった。

 でも、あるとき、その自称賢者、魔神を連れて現れて「今日から俺が村長だ。この監督官で賢者であるこの俺……ロトア・スターがな!」と宣言。


 現行の村長を無理矢理引き摺り落とし、現行の村会議の代表に選ばれていた人間と一緒に皆殺し。

 死体を細かく刻んで、魔神が肥溜めに捨てた。


 ロトアは「こうしておけば肥料の一部になるだろ。無駄がない」ってせせら笑いながらそれを見てたそうだ。


 そこから後。

 別に、女が性搾取されたり、男が戯れに殺されたりはしなかったらしいけど。

 代わりに、村の子供たちは全てロトアが管理することになった。


「お前らのような愚か者に、次世代の子供たちの育成は任せておけない。馬鹿に育てられると馬鹿になる。子供たちを全て俺に差し出せ」


 当然親たちの抵抗が起きたが、そういう親は魔神に「コロスゾ」と脅されて、多くは黙らされた。

 子供たちを自分の手で育てられないだけで、殺されるわけじゃ無い。

 親たちは泣く泣く諦めたそうだ。


 ごく一部の、それでも黙らなかった親が、見せしめとして惨殺され、やっぱり肥溜めに投げ込まれた。


 そして、今の状態らしい。


「……許せない」


 アイアさん、手紙を読みつつ震えてた。

 

 ……ああ、多分一番許せない部分を読んだんだね。


 オネシ君の身の上の話を。



 ロトアが集めた村の子供たち。

 どんな教育をされたのか?


 まず、徹底的に自分の親を否定させられた。


 食事の時間のたび「ゴミのような最低の両親から救っていただき、賢者様ありがとうございます」と言わされた。

 言わないと、食事を取り上げられた。


 最初、皆嫌がったけど、段々空腹に負けて自分の親を否定する言葉を言わざるを得なくなった。


 口に出すこと。

 これ、結構重要なんだよね。


 続けていくと、段々村の子供たちの目の色がおかしくなっていったそうだ。

 無理矢理、その子たちの心の中での両親の在り方を書き換えられていくんだから、当然かもしれない。


 オネシ君はそれを見て、恐ろしくなり。

 俺は絶対に言うものかと抗った。


 心の両親を打ち壊され、精神的に不安定になってる子供たちは次に、歴史と伝統なんて邪魔である、実利益を追求するべきと言う、ロトアの個人的な思いを全肯定する歪んだ教育を叩き込まれる。

 すると、段々ロトアに心酔する子まで現れて。


 そういう子は、優遇を受けた。


 するとますます、その傾向は強くなり……


 それでも、オネシ君は言わなかった。

 食事抜きでも。


 水だけは井戸で飲めたらしいけど、食事抜きでずっと耐えた。


 そしてこのままでは餓死する、と思われたとき。


「分かった。オネシ。お前は家に帰してやる」


 根負けしたのか、ロトアはそう言ったらしい。

 それを聞いたとき、オネシ君は喜びに震えたらしい。


 けど。


「試練に耐えたならな」


 そう、ロトアは厭らしく笑って続けたそうだ。


「これからお前の両親を絞首刑にする。二人分の体重を支えるんだ。お前が支えている間に、両親が絞首刑から逃れられたら許してやる」


 ……ギッチリ固く結ばれた首吊りの輪。

 到底、素手で解けるとは思えない。


 そんな絞首台に立たされた両親。


 オネシ君はその下に配置されて。


 魔神は、その踏み台を蹴り飛ばした。


 オネシ君は必死で支えようとしたけど。

 道具も何も与えられて無いし。


 そもそも、長期の断食で体力が低下している。


 ……到底無理だった。


 彼の見ている前で、彼の両親は絞首刑で息絶えたそうだ。


 両親の死体の前で、オネシ君が泣き崩れ、絶望していると。


「……俺の有難い言葉を聞かないからこうなる。自業自得だ。反省しろ」


 ロトアはそれを鼻で笑った。




「それから、ラブレターを装って、外にこの村の惨状を伝える機会をずっと伺ってたんだね……」


 アイアさんは手紙を閉じた。

 厳しい表情で。


 現在、村は厳しい監視体制に置かれているらしい。


 なんでも、姿形を変えられる魔神……おそらく、カオナシ……が村人に多数紛れ込んでて。

 少しでも怪しい動きをしようものなら、厳しい制裁があるらしい。


 だから、誰も声をあげられない。

 どこで見張られてるか分からないから。


 数回役人が巡回に来たらしいけど、それでそのときもやり過ごしたそうだ。


 それを見て、オネシ君が両親の仇を討ち、そしてこの村を救うためにはどうすればいいのかを考えた結果。

 それがこの手紙だったんだよ。


 真っ当に惨状を訴えても、即バレて潰されるだけ。

 だったら、ラブレターを渡している風に装えば大丈夫なのでは? って。


 ……ロトアも、異性に好意を伝えること自体は否定してなかったようで。

 思いついたらしい。


 手紙は、こういう言葉で終わってた。


『どうかこのむらのさんじょうをそとにつたえてください。おねがいします』


 ……必死の叫び。見捨ててはおけないよ。



 私はこの手紙を読んで、この村で感じた違和感の正体が分かってしまった。

 そういう事情だったからなんだ。


 笑い声がひとつも聞こえず、村人の誰もが能面みたいな顔になってたの。


 心がね、死んでしまってるんだろうね。


 大切な子供を奪われて、おかしな奴におかしな思想を洗脳教育される。

 その苦しみと悔しさのせいで。



 ……でも。だったら……



 そして。


 納得すると同時に、私は別のことに引っかかっていた。


 それは……


 どうして、私たちは村に入れたのだろうか……?


 普通に考えてさ、村を違法に支配してるわけでしょ?

 バレたら軍を派遣されて討伐される恐れがあるわけでしょ?


 だったらよそ者を村に招き入れるのはNGじゃないの?


 ……何で入れたんだろう……?


 しかも、夜。

 無視しても全然不自然じゃ無いのに。


 実際、私たち諦めかけてたよね?


 ……招き入れて、村人同様自分に隷属させるため?


 それだったら、何故今の私たち、自由にさせてもらってるの?

 おかしくない?


 とっくの昔に、魔神の集団に襲われて、戦闘になって無いとおかしくない?


 なんでお風呂をいただいて、部屋でくつろげてるんだろう?


 わけわかんないよね?


 意味不明。

 しかし……


 私は腕を組んで考え込む。


 考えろ……何か理由があるハズ……。

 ただの偶然じゃないハズ……。


 監督官……。

 この悪魔のような男、ロトアが名乗っていた役職……。


 監督官……監督官……


 なんだろ……? どっかで聞いた覚えが……何か引っかかる……


 その役職名を以前どこで聞いたのか。

 その記憶を、私は必死になって探った。


 するとだ。


『彼女は監督官の完成形と呼ばれていたわ。フリーダの信頼も厚いみたいだった』


 フッと、オータムさんに以前伺った話を思い出した。

 私が冒険者になったのは、オータムさんがサイファーの混沌神官で、国家転覆を狙っているというテロリスト「究極混沌神官・自由王フリーダ」の直属の部下に、私そっくりの少女・トミが居たのを発見したから。

 あまりにも似すぎているその姿に、私との運命を感じ、私を鍛え上げないと私に未来が無いと予想したのだ。


 そのときに、オータムさんは私を鍛え上げつつ、自分が見たその運命の相手……もうひとりの私・トミについて詳しく教えてくれた。

 その中にあったのだ。


 監督官、って言葉が。



 ……あっ!



 それで、理解した。

 何で今の私たちが、こんな状況で放置されてるのか、を。



 そっか……このロトアとかいうやつ……私の事をトミと間違えているんだ!

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