第82話 最低の神様

 村を出て、帰路につき。

 しばらく後の事だった。


「楽しい旅行でしたね」


 馬車で揺られながら、私はサトルさんとお話をしていた。

 海にダチョウに温泉に。


 とても楽しい旅行だった。


「また行くって言ってたけど、やっぱり早い方がいいよね?」


「ですね。でも、工房の休みってまとめて取れるんですか?」


 社交辞令のつもりは無かったけど。

 ウチの家は自営業だし。


 難しいかな?


 サトルさんの今回の旅行だって、かなり無理をした結果……


 そしたら


「紀元節の日はだいたいどこの店も3日は休むのが普通だね」


 ……紀元節。


 前の世界だったら、建国記念日のことだったよね。

 こっちにもあるのか……まあ、当然かな。


 建国した日が無い国は無いし。

 普通はその日を祝日にするよねぇ。


 そっか……その日はまとめて休みを取れるのか……


「ちなみにいつですか?」


 一応聞いておく。

 すると、すぐに教えてくれた。


「1がつ1にちから3にちまでの3日間だから、まだ半年以上先だね」


 ……長いな。

 でも、しょうがないか。


 帰ってからいきなり、お義父さんとお爺さんに向かって


「今度は家族で行きましょう。さあ、準備してください」


 これはいくらなんでも……無いでしょ。

 いくら色々許してくれてるふたりでも、絶対に怒る。


 ダメ。ありえない。


 じゃあまあ、その日に向けて、色々準備しておくのが正しい在り方かな?


 お金の面だったり、仕事の都合付けだったり。


 ……ああ、なんか楽しくなってきた。

 目標を定めて、計画して、実行に移す。

 お義父さんとお爺さんには苦労をかけっ放しだから、癒されてもらわないと。


 そのためには、ふたりに負担が掛からないように頑張って……


 あぁ、尽くせる家族が居るって、なんて素敵なんだろう。

 嬉しい。楽しい……。


 そのときだった。


 突然、馬車の中で毛布を被って寝ていたセンナさんが、跳び起きたんだ。


「……!!」


 私は口を押えた。

 ひょっとしてうるさくしてしまったんだろうか?


「ゴメン、起こしちゃった?」


 謝る。


 アイアさんの視線が気になる。

 うるさかったとしたら、視線が痛いなぁ……


 ちら、とアイアさんを見た。


 すると、アイアさんも驚いていた。

 アイアさんにとっても、センナさんの反応はちょっと予想外だったってこと?


 センナさんの起き方がちょっと普通では無かったから。

 自然と目が覚めた、とかじゃなくて。

 強制的に覚醒させられた。そんな感じ。


「……来る」


 私たちが驚いて、センナさんの返答を待っていると。

 センナさんは、ポツリ、とそう言った。


「……えっと?」


 私は聞き返す。


 こちらも見ずに、ただポツリとそんな言葉を口走るセンナさんに。


「何が来るの?」


 すると、センナさんはバッとこちらを振り返り、厳しい表情でこう言ったんだ。

 とても、寝起きの子の顔じゃ無かった。

 さっきまで狸寝入りをしていたの? そう、疑うくらい。


 そんなこと無いはずなのに。

 だって、馬車で出発する前は、本当に眠そうだったんだよ?


「邪悪が来るの! すぐに戻って! ムッシュムラ村に!」


 とても真剣な表情。

 有無を言わせない口調だった。




 誰も、センナさんの言葉を無視できなかった。


 無視していい言い方じゃ無かったんだよね。

 センナさんは何かを感じ取ってる。

 それは間違いない。


 根拠なんか無かったけど、その場にいる全員が、センナさんの言葉を信じたんだ。


「……戻るでござるぞ。いいでござるな?」


 御者をしてくれていたガンダさんが、真っ先にそう言ってくれた。

 私は頷き、他の皆も全員頷いた。


 センナさんは、食い入るようにムッシュムラ村の方角を見つめ続けていた。



 再度村が見えてくると、センナさんの顔がさらに厳しくなった。


「急いで! 邪悪の気配がさらに強くなってる!」


 ……ひょっとして邪悪看破の奇跡って魔法を使ってるの?

 私は、そこに思い当たる。


 前にセンナさんから聞いたことがある。

 私は邪悪看破の奇跡っていう、邪な思いを抱いた人間を見抜く魔法が使えるって。

 もしかして、それを使ったの?


 でもどうして?


 使わないといけない状況じゃ無かったよね?

 例えば、敵のスパイの可能性が高い人間が目の前に居て。

 その人間の正邪を見極めないと駄目だ、って状況を突き付けられたとか。


 センナさん、くぅくぅ寝てたんだよ?


 それなのに、どうして?




 ……確かに村は、おかしかった。


 だって、門番してる人も誰も、その場に居ないんだ。


 待とうかと思ったんだけど、センナさんが「行って!」って厳しい口調で言って来たので、従った。

 無断で再度村に入った。


 これは只事ではない。それについては同意してたからね。


 すると……


「……ちょっと待って。確かに村で、騒いでる」


 聞き耳を立てていたアイアさんが、表情を変えた。

 アイアさんの異能は「身体能力異常強化」

 筋力だけじゃない。


 アイアさんは、視力や聴力にも優れている。


 そのアイアさんが、何かを感じ取った。


「……平等……? デーモン? ……ちょっと、これって……」


 アイアさんの表情がみるみる厳しくなる。


 アイアさんが口走る言葉の断片から、私も想像し、思い当たった。


 ……この村、今、混沌神官の襲撃を受けてる……!?

 デーモンで騒いでるってことは……!


 まずい!


「クミさん、準備するよ」


 アイアさんは、髪をまとめ、兜を被った。

 そして、鎧の上から外套を着こむ。


 アイアさんが本気で戦うときの格好だ。


 単純に防御力を上げる意味合いと、女であることが分かりづらい状況を作り、戦う相手に自分が異能使いであることを隠す意味合い。

 無警戒で来てくれた方が倒しやすいからね。


 兜を被り、その面貌を下ろして、アイアさんはその一目で女性って分かる綺麗な顔を隠した。

 アイアさんの兜の面貌は、デザインが竜みたいな感じで。

 こうしてみると、鎧の中身は屈強な男だろうと思えてしまう。


 私も準備する。


 ヒヒイロカネで作られた、愛用のギミック付き杖と。

 革鎧に仕込んでる、サトルさんに研いでもらった隠し玉のナイフ6つ。


 よし。

 忘れ物は無い。


「行きましょう! アイアさん!」


 私は頷いて、立ち上がった。




 私が先行した。


 飛翔の術、操鉄の術が使える私が先行し、後からアイアさんが突っ込んでいく。


 そういう手筈だ。


 私が注目を集めている間に、アイアさんが連中にとって事前対処が不能なほどにまで接近し、一気に殲滅する。

 そういう算段。


 アイアさんは重戦車。

 的確に活躍出来れば、この村を無事に救うことは夢じゃない。


 その上。


「アイア、出る前に私がお前に『限界突破の奇跡』を掛けるでござる」


 センナさんとサトルさんの護衛は任せろ、と言いつつ。

 ガンダさんのそんな心強い言葉。


 限界突破の奇跡は、戦いの神オロチ様が高位の神官に授ける特別な魔法。

 対象者の身体能力を、普通は身体を守るためにセーブしている分を解放し、100%にまで引き上げる。

 ものすごく強力な魔法だ。


 ただでさえ強大なアイアさんの身体能力を、さらに強める意味合い!


「是非、お願いしますガンダさん!」


「お願いします、叔父様!」


 絶対に、救いますから!




 飛翔の術。


 雷の精霊に呼び掛けて、おそらく地磁気に干渉して術者に飛行能力を与える魔法。

 効果時間は約20分。


 飛翔速度は、私の場合は鳥ぐらい。


 それで私が先行し、先に現場へ駆けつけた。


 そこに居たのは10を超えるレッサーオウガと、2体のグレーターオウガ。

 屈強な身体が特色の魔神のいち種族「オウガ」の、そのレッサー種とグレーター種だ。


 イメージとしては、前の世界で伝承で語られていた「鬼」に近いんじゃ無いかな?


 体色が真っ黒の、鬼。

 位階が上がるに従って、角の数が増えていく。


 レッサー種は1本、グレーター種が2本。

 アーク種になると、3本。そしてロードになると4本になるそうだ。


 戦闘員としては悪くないチョイスだね。

 だって、腕力は使用回数に制限無いもんね。

 その代わり、魔法はあまり得意じゃ無いんだけどさ。


 でも。


 そりゃ魔法が大得意の魔神ヒトツメと比較したら、魔法は大したことないかもしれないけど。

 魔法は1日の使用回数に制限あるから。


 兵隊として使うのは不安がある。

 一般戦闘員としてはオウガでしょ。私が混沌神官の立場なら、そうする。変な言い方だけどね。


 そして、混沌神官と思しい人間は2人居た。


 髭面の男と、痩せた男。

 ふたりとも青白い貫頭衣を着ていて、どっかの病院から逃げ出してきたか、それとも牢屋から逃げて来たか。

 そんな感じ。


 ……多分、後者だろうね。どこの牢屋か分からないけど、おそらくこいつら、囚人。


 で、私が駆けつけたとき。

 あの、私たちを良くしてくれたタレ目のおじさんが、レッサーオウガ2体に襲われようとしていた。


 危ない!


 私は即座に杖を絞るように握って、杖のギミックを作動させた。


 こうすることにより、私のヒヒイロカネの杖は複数に分解し、鎖で金属棒が繋がった、ヌンチャクのような多節棍……鎖鞭のような状態に変化する。


 私の異能を最大限に活かすためのギミックだ。

 私は手に持った道具越しに、凍結の異能を行使することが出来るから。


 ……こんな風に!


 ジャッ!


 操鉄の術を行使して、鉄鎖が使用されたギミック杖を伸ばす。

 その距離、およそ10メートル。


 強度の問題で、術無しでは自由には動かせない。


 そしてその先端で、レッサーオウガの背中と後頭部をトントンッと突いた。


 その瞬間。


 ビキッ、と2体の魔神は氷の像に凍結した。


「……そこまでよ。それ以上は、あなたたちの好きにはさせないから」


 そこまでよ。 


 まさか、人生でこんなことを言うときが来るなんてなぁ……。

 そんなことを思いつつ、宣言。


 ちょっとだけ、興奮してしまう。

 浮ついちゃいけないって分かってるけどね。


 私のそんなヒーロー宣言を受けて。

 混沌神官容疑者たちは目を白黒させてたけど。


 そのうち、痩せた方がいち早く立ち直ったのか。


 私を睨みつけて、吠えて来た。


「お前ぇぇぇぇぇっ!!」


 ……おや?

 こいつ、私の事知ってるの?


 私はそこに気づいてしまった。


 目にさ、戸惑いとか、混乱とか。


 ほとんど無かったんだよね。

 ストレートに憎悪に燃えてて。


 私の事を知らないのであれば、得体のしれないものを見るような、そんな光がいくらかは混じるハズ。


 なのにこいつ、それが全くない。


 どこかで会ったこと、あったっけ?


 そんなことを、油断しないで頭の片隅で考える形で思ってたけど。

 続く言葉で、疑問は氷解した。


「お前のせいで……お前のせいで俺は……サドガ島に送られて地獄を見た!」


 憎々し気に。


 ……ああ。


 そこで、さすがに気づいたよ。


 こいつ、ろくでなしパーティメンバーズのリーダーか。


「ああ、あのときの。……悪いけど、顔を忘れてた。どうでもいい人だったし」


 そう言ってあげると、目を吊り上がらせて怒り出した。


 まぁ、狙い通りなんだけど。


 私に憎悪を向ければ向けるほど、アイアさんの仕事がやり易くなるし。


 だから、続けて言ってあげたよ。


「自業自得でしょ? やっちゃいけないことをやったんだから、なるべくしてそうなっただけ」


「なんだと!? このクソ女!」


 はいはい。

 まともに会話する気はこっちも無いから、別に腹は立たない。


 説得する気も無い。


 だからズバズバ正論を言ってやった。


 正論で誰かを説得するのは難しい。

 冷静で聡明な人なら通じるかもしれないけど、この男相手じゃまぁ、無理だよね。


 神経を逆撫でする効果は高いかもしれないけど。


「で、サドガ島に島送りにされても、自分の間違いに気づけず、責任転嫁しまくって、ついに、とうとう混沌神官にでもなったワケ?」


「何が間違いだ!!」


 ろくでなし男は吠えたよ。

 ええと、名前は何だっけ……?


 まぁ、どうでもいいか。


「俺たちだって、いい生活がしたいんだ! それのどこが悪い!?」


「だったら真面目に働いて稼ぎなよ。そうしなかったのが全ての原因で、そんなみっともない格好になってる原因なのよ」


「真面目に働いても稼ぎなんてしれてる! 俺はもっとガッポリ稼ぎたいんだ!」


 ……こいつの性根、どうしようもないね。

 会話するの、正直、苦痛。

 耳が腐りそう。


 真面目に働き、お礼を言ってもらい、正当にお金を貰って、それで生活する。

 その喜びがこいつは理解できないんだね。


 だから、こんなことになったのか。


 やっぱり、行きつくべきところに行きついた。

 それがこの男の真実なんだよ。


「で、冒険者になったと? 状況次第では多額の報酬が期待できるから?」


「そうだ!!」


 即答。

 ふーん。


「だったら、何であのとき踏み止まらなかったのかな?」


「あのときって何だ!?」


 って。

 ……信じられないね。忘れてるんだ?


 私の中に、呆れと、計り知れないくらいの嫌悪感が湧いてくる。


「センナさんを……蕎麦屋の娘さんを見捨てて逃げたじゃない? それさえしなければ、今も冒険者やれてたかもしれないよ?」


「自分の命を守って何が悪いんだ!!?」


 悪びれもしない。

 至極真っ当な事を言ってるって顔だった。


 はぁぁぁぁ……


 あのときは曲がりなりにも、後ろめたさがある顔をしてた気がするけど。

 とうとう、ここまで腐ったんだね。


 この世のあらゆる不都合に、自分以外に原因を求め、責任を転嫁する。

 クズ。クズ中のクズ。

 クズの帝王。


 そういえば、アイアさん「平等」って口にしてたね。


 ということは……


「……タイラーへの信仰にでも目覚めちゃった?」


 確認。ほとんど確信してたけど。

 そしたら。


「タイラー様は俺を憐れんでくれた! タイラー様は最高の神様だ! 俺はタイラー様の使徒になったんだ!」


 ……やっぱりか。

 どうだ!? というドヤ顔で言うこの男を見て、私はさらに嫌悪感を深める。


 混沌神タイラー……嫉妬の神。

 私の中で……最低の神。


「……よりにもよって、混沌神の中で、最も卑しい神のタイラーへの信仰に目覚めたのね。アンタらしいわ。本当に」


 人は素晴らしい人、立派な人に会ったとき。

 普通は「自分もあの高みに登りたい」「せめて気にしてもらえる存在になりたい」と思い、自己研鑽に努めるのが正しい人の在り方だよね。

 でも、世の中には


「あいつが評価されるのは妬ましい」


「あいつを自分と同じか、それ以下の存在に引き摺り落としたい」


 って考える、クズみたいな人間が居る。

 タイラーは、そんな連中に加護を与える神。


 他人の持ち物を奪うことを正当化する理屈を捏ね、自分の卑しい願望をさぞ正当なものに言い換えることを良しとして。

 他人が築き上げたもの、大切にしているものを破壊したり、奪ったりするんだ。


 まだ「自分に制約をつけず生きて何が悪い」「獣のように生きて何が悪い」と言ってる、サイファーやマーラの方がマシ。

 動物という一点だけでは間違ってないからね。


 タイラーは、人間の醜悪なところを詰め込んだ、最低の混沌神だ。


 私の「最も卑しい神」という言葉に反応し、この男は目を剥いた。


 激高しているらしい。


 取り消さないよ。

 偽りの無い本心だし。


「何が卑しい!? 奪われたものを奪い返して何が悪い! ふざけやがって! 見下ろしやがってえええええええ!!」


 喚いているけど、何も響かない。

 今のあなたは、見下ろされて当然の人間。


 それは別にサドガ島に居たからじゃない。


 自分の卑しさを否定し、美化し、正当化してるからだ。

 そんな人間が最低で無いなら、一体何が最低なの?


 分かんない。

 ねぇ、教えてくれないかな?


 無理だろうけど。


「私はあなたに何も悪いことなどしてないし、謝るつもりも毛頭ない」


 そう、言い放ってあげた。

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