第63話 これが正しいセイレスさんです!
★★★(セイリア)
本物の目印が、白いパンツ。
ということは、私も白いパンツを穿けばいい。
楽勝だ。
今の私のパンツは、赤だ。
白を買ってくればいいのね……
待ってなさいセイレス。
見事成り代わって、あの娘を捕らえてやるわ。
あの娘は私に何もしていないわけだから、殺すのはさすがに可哀想。
だから、人質として利用させてもらう。
私の考えはこうだった。
あの娘を騙して近づき、拉致監禁。
そしてあの娘を人質にして、オータムの動きを封じ、その命を狙う。
それで成功すれば良し。
失敗しても、セイレスの世界は壊れるはずだ。
主人が、自分とは別の雇われ人を、自分のせいで攫われて。
挙句、主人とその雇われ人の命を左右するような、重い選択を迫られるなんて。
居場所が無くなるはず。
そうなれば、あの子はあの場所に居られなくなる。
そうすれば、私の目的は達成だ。
楽なもの。
そう、単純に考えていた。
そこで、ハタと気づく。
白いパンツを買えばいい。
……どんな?
そこに気づいてしまった。
楽観視してて、マスクと眼鏡の奥でニヤついていた私。
笑顔が、凍った。
白いパンツといっても、色々ある。
レースの入ったスケスケのやつかもしれないし。
布地のしっかりした、安定したものかもしれないし。
紐パンかもしれない。
もしかしたら、大事なところがモロだしのエロいやつかもしれない。
一言に白パンツと言っても、種類はいっぱいある。
特定できないのだ。
困った。どうしよう?
どうすればいい?
私は必死で考えた。
ここをなんとかしないと、計画が破綻する……!
無意識にマスクに向かって、親指の爪を噛むみたいなポーズをとってしまう。
……さっきのおっさん……たしか名前はクマキチだったっけ……に確かめさせる?
5000えん大銀貨を1枚あげて。
セイレスに向かって「ねえちゃんどんなパンツ穿いてんの?」と確かめさせる?
……いや、駄目だろ。
脳内シミュレートに入るまでもなく否定が出た。
そんな真似をしたら怪しまれるし、あのおっさんが御用になって終わりだ。
何も得られない。
じゃあどうするの?
階段の下あたりに、あのおっさんを配置して覗かせる?
それとも地面に穴を掘って、あのおっさんを顔だけ出した状態で埋めて覗かせる?
……どれも、駄目だ……。
自分の出したアイディアが、どれも現実的ではないと判断せざるを得なかった。
どのパターンも、あのおっさんが御用になって終わるパターンしか浮かばない……!
情報が手に入った時、これで勝ったとすら思ったけど。
難しいわね。
でも、ここが踏ん張りどころ。
ここをなんとかすれば、私は勝てる……!
考えろ。考えるのよセイリア……!
セイレスはどんな子だった?
私と一緒に居たときは?
……いつも、私の影に隠れていたような子だったわよね。
いつも、守ってあげてた。
だから、あの子の本来は控えめな子なはずなのよ。
……ここで、私の中に何か引っかかるものを感じたが、私はそれには気を留めず、すぐに忘れた……
あの子は本当は控えめな子。
そんな子が、男を誘うようないやらしい下着を穿くかしら?
考えにくいわよね。
だったら……!
私は考えて、想像した。
セイレスのパンツを。
そして……
「クミ様」
私は、オータムの屋敷から出て帰宅途中の娘、オータムの助手であるクミ・ヤマモトに背後から声を掛ける。
準備は大変だった。
調べないとボロが出るから、自分の事がバレないように調査でかなりのお金をバラ撒いた。
ここに来るまでに、弓の腕で荒稼ぎした軍資金の大半を放出した気がする。
数日要して、なりすましに必要だと思える情報が揃ったので、決行することにした。
裏社会で流通する、瞳の色を変える目薬を使用し、私は瞳の色を変える。
……あまり使い過ぎると視力低下、悪くすると失明を起こす薬だけど、しょうがない。
避けられないことだ。
今の私は、見た目はセイレスそっくりのはずだ。
衣装も、遠目であの子の様子を確認して合わせたもの。
「その声は、セイレスさんですか?」
振り向いてそう言って来た娘。
オータムの屋敷はスタートの街の中心から少し離れた丘のような場所にポツンと建っていて。
そこから街までは、木も何も無くて、見晴らしはいいけど、人気の無い道が続いている。
今は夜だから、夜道。
そこで振り返って来た彼女の姿が、よく映える。
本当に、トミさんによく似ている。
私同様、双子の姉妹なのかもしれない。
名前も似ているし。
彼女は、トミさんと同じく緑色の服……確か、ぶれざぁ、とかいうらしい……を着ていて。
眼鏡の形以外、髪型もそばかすの形も、皆いっしょ。
ただ、受ける印象が少しだけ違った。
彼女からは、柔らかい印象を受ける。
トミさんも、敵には容赦しないけど、そうでない人間にはそれなりに寛容な人だったが。
トミさんにあった棘のようなものが感じられない。
で。
オータムの助手をしてるだけあってか。
身体の線はスッとしてて、綺麗だった。
戦える女。それが姿勢だけで見て取れる。
武器を携帯していて、杖。
色は赤で、どうも金属製。
おそらくヒヒイロカネで作られた杖だ。
で、背負い袋を背負ってる。
冒険者の定番装備だけど……何を運んでいるの?
「はい。やっと追いつきました。すみません」
まるでオータムの屋敷から追ってきたみたいな言い方をしておく。
怪しまれないために必要な事だ。
「ご用件は?」
「明日の事なんですけど……」
用件は、あなたを拉致すること。
そんなことは当然言えないので、明日の予定について連絡しに来たみたいに取られることを言っておく。
そして、ずい、と近づこうとすると。
「あ、その前に」
スッと、彼女が手のひらを差し出した。
来ないで、の意思表示。
その前に印を見せろということか。
無論、分かってる。忘れていたわけじゃ無い。
分かってて、やった。
何故って、最初そのことを忘れていたように装えば、印を見た時の私の信用度が跳ね上がる。
疑念を持った分、違ったときにその罪悪感がそうさせるから。
信用度が上がれば、拉致もしやすいし。
「失礼いたしました」
私はスッと息を飲んだ後、ランタンを地面に置いて、スカートの布地を両手で握って。
捲り上げて見せた。
セイレスは活発な子では無かったから、あまりホイホイした感じでパンツを見せたりはしないはず。
でも、印で活用している以上、やらないわけにはいかない。
その心境を考慮して、事務的に恥ずかしいのを耐えながらやってる風に装った。
クミという娘の前に、私のパンツと、スカートに隠れていた太腿が露になる。
ランタンの灯りに照らされて。
私が選んだパンツは、布地の多いものだった。
おばさんがよく穿くやつだ。
腰回りから太腿の付け根まですっぽり覆うやつ。
私はこれがセイレスの選びそうな白パンツだと判断した。
さぁ、どうだ?
違っていたら「今日はちょっと思うところがあって」と言って誤魔化すつもりだったが、その場合疑念が出てくる。
合ってるに越したことは無い。
さぁ、どうだ?
「……いいでしょう。明日、何なんでしょうか?」
そんな私への彼女のジャッジは、OKだった。
……よし!
私は飛び上がりたいくらいの達成感と喜びを感じたが、そこはグッと堪える。
顔にも出さないようにして、私はスカートを戻した。
「オータム様に言われたことなんですが……」
適当にそれらしいことを言いながら、間合いを詰める。
左手を腰の後ろに回し、メイド服の後ろに刺しておいた毒針を準備しながら。
この毒針、例のほんのわずかの量で人を麻痺させる毒を塗ってある。
これを彼女の身体のどこかに突き刺すことで仕事は完了。
丸一日は、まともに動けなくなる。
場所は……そうね。太腿が良いかな。
スカートから生足が見えてるしね。
ちょっとチクっとするだけだから、我慢してね。
すぐに済むから……
落ち着いたポーカーフェイスを保ったまま、私は間合いを詰めていく。
さあ、そろそろ手が届く……
ドシャン!
重い音。金属音?
何の音か?
彼女が、背負っていた背負い袋を手放した音だ。
何のために?
ヒュン!
私のつま先に、衝撃。
……殴られた!?
流れるような動きだった。
彼女が背負い袋を手放すと同時に、杖を両手で握って振るったのだ。
恐ろしく研ぎ澄まされた動き。
私も杖術は使えるけど、それを上回る技の精度。
彼女は、真顔だった。
最初からこうするつもりだった。
それが、そこから見て取れた。
そのまま
私の顎を彼女の杖が打ち抜き、その衝撃が覚めないうちに、鋭い一撃が私の脇に入る。
それをまともに喰らいそうになったが、私は寸前で持ち直し、横に跳んで杖のダメージを減らした。
危なかった。
これを貰っていたら、悶絶して終わっていた……!
「……はじめまして、でいいんですかね? ……セイリアさん?」
横打ちを繰り出した姿勢で停止せず、そのまま杖を槍のように構える基本の構えに戻って。
彼女は、クミ・ヤマモトは、私に油断のない声でそう言ったのだ。
カマをかけてるわけではない。確信している。
それが、ハッキリわかった。
つまり……
……バレていた。
そうとしか思えない。
どうして……?
★★★(クミ)
「何でバレたの……? セイレスのやつ、こんなオバサンくさいパンツは穿くわけがないってことなの……?」
ダメージを回避するためか、横跳びに跳んで、そのままくるりと受け身を取って身を起こしたセイレスさんそっくりの女……セイリアさん。
彼女の言葉を聞いて。
ふっ。
私は思わず小さく笑ってしまった。
そうじゃないよ。
豹のような姿勢からゆっくり立ち上がってくるセイリアさんを見つめながら、私は言った。
「そうじゃないです」
セイリアさんは、それに衝撃を受けたらしい。
声量が上がる。
「だったら何で……?」
教えてあげますよ。
私の狙いを。
「そもそも、パンツの色は問題にしてません」
「!!」
……まあ、そこに気づかれても、セイリアさん。
あなたには分からなかったと思います。
何故って……
私は、種明かしをする。
「実はですね、私、セイレスさんの太腿に、ボールペンで字を書いてたんですよ」
そう。
私は地球アイテムのボールペンを使い、セイレスさんの太腿に字を書いた。
……ただの字じゃない。
「私の故郷の日本では、ひらがな、カタカナ以外にも字がありまして。それを私、オータムさんに教えているんですね。その流れで、セイレスさんも読めるんですよ。その字を」
「……なんですって……!?」
セイリアさんは驚愕する。
……そう。私はセイレスさんには読めて、セイリアさんには読めない字をセイレスさんの太腿に書いた。
漢字を。
この女には、それが無かった。
こちらが真の目印だったんだ。
パンツの件は、囮。
あの場では、何らかの方法で盗み聞きしてる可能性があったから、私はわざと声を出して対策を伝えたのだ。
セイレスさんは漢字が読める。
だから、お風呂に入るときに、私の真の意図に気づいてくれる。
それを確信していた。
だってセイレスさん、オバカじゃないもの。優秀だもの。
そして万一。
セイレスさんの太腿の漢字がセイリアさんにバレても。
セイリアさんには漢字が読めないから、何が書いてあるか分からない。
ただのマークと思うはず。
そう……
その字が「これが正しいセイレスさん」という意味合いを込めた「正」の字であることは絶対に分からない……!
「パンツに気をとられた時点で、あなたは負けていたんです!」
ビシッ! と杖を驚愕で硬直しているセイリアさんに突きつけて、私はそう力強く言い放った。
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