第62話 近接する私たち

★★★(クミ)



 その日、私がいつものようにオータムさんのお屋敷に出勤すると。

 なんだかお屋敷の雰囲気がおかしかった。


 何か、ピリピリしてるの。


 いつも通りにセイレスさん、家事をやってるんだけど。

 何故かいつも傍にオータムさんが居て。

 時折、オータムさん自身が家事まで手伝ってる。

 お屋敷の主人なのに?


 オータムさんが居ないときは、何故か私が傍に居る状態。


 セイレスさん、1人で居る状況が無い。


 ……何なの? 一体?


「クミ様、今日はオンジョブトレーニングといきましょうか」


 洗濯の後、買い物に出るので、一緒に来てください。

 あと、食事の準備も手伝ってくださいませ。料理を指導致しますよ。

 突如、そう言われた。


 庭で筋トレからはじまって、杖の型を1人で延々してようとしていたら、だ。


 ……稽古より家事スキルの向上の方を優先するように言われてしまった。


 えっと、私の仕事はオータムさんの助手のはずでは?

 家事スキル上達のご指導、確かに頼んでいますけど……

 それはあくまでも合間で、悪く言うと「サボリ」の部類に位置するはずじゃ……?


「あの、稽古のメニューがまだ終わって無くて……」


 理解できずにオロオロしながらそう言うと


「オータム様もご承知の上です。申し訳ございませんが、武芸の稽古より私の仕事の補助をお願いします」


 ……何かあったのかな?




「えっ!? オータムさん襲われたんですか!?」


 稽古着である体操服から、仕事着のブレザー型戦闘服に着替えて、夕食の材料の買い出しに一緒に出向いたとき。

 買い物を一通り済ませて、甘味処で。


 机を挟んで団子でお茶を飲みながら。

 やっと、この事態の説明をしてもらえた。


「クミ様、声が大きいです。内容が内容ですから……」


「あ、スミマセン!」


 驚きのあまり、声量が2つほど上がってしまったので。

 それを窘められて思わず口を塞いだ。


 何でも、オータムさんがこの前に貴族の集会に顔を出したとき。

 帰りに襲われたらしい。


 ……セイレスさんの双子の姉に。


 セイレスさんに双子のご姉妹が居たのも驚きだったんだけど。

 よりにもよって、その人がオータムさんを襲うなんて……。


 セイレスさんの心境を思うと、私は何も言えなかった。

 セイレスさん、オータムさんへの忠誠心はメッチャ高いし。

 相当、苦しいはずだもの。


 でも、セイレスさんはそんな弱音は一切吐かずに、淡々と説明してくれた。


「だから、姉が私に成り代わってしまう可能性を恐れて、今日の事態なのです」


 なるほど。事情は分かりました。

 だからひとりにならないようになさってたんですね。


 でも、それなら……


「役所に届けて人相書きを回してもらいましょうよ!」


 何故そうしないのか。

 そう、反射的に思ってしまったので、オバカな私はそう提案した。


 オータムさんはスタートの街の名士だから、後回しにされることもないはず……!


「……私と同じ顔の手配書を、ですか?」


 と、セイレスさん。

 あ、とそこでやっと気づいてしまった。


 うわ、とっても厄介だ。

 似顔絵描いて貼り出しても、引っかかるのは主にセイレスさんになるだけで。

 その襲撃者に対して効果的とは思えない。


 お役人も困るよね。

 手配書の顔が街を普通に歩いてても、それは「ハズレ」なのかもしれないし。

 そんな状況で、手配書にどれほどの効果があるやら……


 ちょっと深刻ですよ? これは……!


「困りましたね……だからといって、このまま襲撃を恐れて、この事態継続ってわけには……」


 私も稽古できなくて困るし、オータムさんだって、セイレスさんに伸び伸びと仕事してもらえないと、セイレスさんを雇ってる意味が無くなるし。

 皆困る。


 唇を指先で触りながら、私は考えた。

 で、いっこ思いつく。


「セイレスさん」


 私はセイレスさんを正面から見つめながら、グッと近寄り、唇の前で小さく人差し指を立てた。


 そしてその後すぐさま。


「え、ちょっと……!」


 慌てるセイレスさん。

 そりゃそうだよね。


 同じ女子とはいえ、いきなりスカートの中に潜り込まれたら……


 セイレスさんのエプロンドレスのスカートを目繰り上げて、私はセイレスさんのスカートの中に潜り込んだのだ。


「なるほど。セイレスさんのパンツって白なんですね」


「く、クミ様っ」


「綺麗な太腿ですよね。肉付きいいっていうか」


 スカートの中を拝見して、私は正直な感想を述べた。

 そして、それだけでなく……


「……肌もすべすべですし」


「ちょ、どこを触ってらっしゃるんですか!?」


 スカートの中から出てくると、セイレスさんは顔を真っ赤にしていた。

 さすがに恥ずかしかったんだろう。申し訳ないなー。


 でも。


「セイレスさん、これからしばらく、下着は白をつけて欲しいです」


 私は真面目にそう言った。


「セイレスさんに出くわすたびに、私はスカートの中身を確認します。白だったらセイレスさんってことで」


「……合言葉じゃなくて、ですか?」


「合言葉だと、無言で来られたときに対処に困りますよね」


 相手が返答しないと答えが得られないわけだし。

 その隙を利用しようとか思われても事だ。


 それに、セイレスさんは普段一緒に居るんだから、顔を合わせるたびに合言葉ってそのうち忘れちゃうよ。確認を。

 人間の注意力ってのは、無限には続かないもんなんだよ?


 何かの本で読んだ気がするんで、それの受け売りだけどね。


 なんだか恨みがましい目で見られてる気がするけど、しょうがないですよ。


「……そんなにいじめられたみたいな目で見ないで下さい。私だってオータムさんの助手ですし、事態の改善に協力したいんですよ」


 そう私は、声に出してセイレスさんに伝えた。



★★★(セイリア)



「そう……あの子、オータムの助手なのね。アリガト」


 人目につかない街の物陰で、私は報告を受けていた。

 私は、お金を渡して話を盗み聞きしてもらうように頼んだ男に礼を言った。


「へへ。お安い御用で」


 見るからに昼間から酒を飲んで路上で寝るのが似合いそうな、汚いおっさんがそう媚びるように言ってくる。


 顔を隠した怪しい奴が傍に居ないからと油断したのかもしれないけどさ。

 別に、私本人が傍に居る必要無いんだよね。


「これ、約束の2000えん」


「やったぜ! これで明日明後日の飲み代は大丈夫だ!」


 財布から取り出して、2000えん分の1000えん小銀貨を渡すと、男は大喜びした。

 底辺層だと、1000えんでべろべろになるほど飲めるんだっけ?

 良く知らないけど。


「情報が役に立てば、また何かお願いするかもしれないわ。そのときはお願いね」


「へへ、ありがてぇこって。ただ、傍の席に座って、聞こえてくる話をそのまま言うだけで飲み代貰えるならいくらでもやりますよ!」


 聞こえてくる話を後で教えてもらうだけでいい。

 何もわからなくても金は払う。

 でも、役に立つならまたお願いするかも。


 そんな感じで、この男に頼んだ。


 そしたら大成功だ。


 あまり積極性を出されて失敗されても困るしね。

 だから「何もわからなくてもいい」って言ったんだけど。


 嬉しい誤算って言えばいいんだろうか? これは。


「あ、そうそう」


 男は、何かまた思い出したらしい。


「もうひとつネタがありますから、聞いてくださいよ」


 へへ、と笑いを漏らしながら男。

 あまり気分のいい笑い方では無かったけど、情報は多い方がいいし。


「何? 教えて?」


 そう返す。

 すると、男は語りだした。


 俺は使える奴だぞ、と言いたげな得意げな顔で。


「あの女たち、メイドとパンツの色を合言葉にしようとか言ってましたぜ」


 ……パンツで合言葉ぁ?

 言葉的におかしいけど、言わんとすることは分かった。


 ようはセイレスのパンツの色を本人確認の目印にしようって事ね。


 ……ちょっと聞くと「ふざけてんのか」って気になるけど、よくよく考えると悪くないかも。


 だってさ、腕に布なんか巻き付けていたら、それが目印であるのバレバレで、対策してるの丸わかりだし。

 その点、パンツの色なら、パンツはスカートやズボンで隠すものだから、そういう不自然さは無い。


 確認する場合も、スカートをめくればいい。


 ……絵的に「ふざけてんのか」って感じだけど、悪くない……気がする。


 ……あの子、結構デキる子なのかなぁ?


「ちなみにそのパンツの色は?」


「白です」


「そう。アリガト」


 追加でもう1枚、1000えん小銀貨を渡した。


「……おお! マジですか! やったぜ! これで明明後日の飲み代もゲットだ!」


 男は踊りださんばかりに喜ぶ。

 こういうボーナスは大事よね。


 それに金を最初から要求してこなかったところから考えて、結構根の部分は誠実なのかもしれないな。

 この男。


 見た目はホント汚いおっさんなんだけど。


「それじゃ、また用があったら声を掛けてくだせぇ」


 男はコメツキバッタみたいにペコペコし、立ち去って行った。

 ……追加の情報も無し。


 言えば言うほど、金が入る可能性あるのにさ。


 じゃあやっぱり、あの男的には嘘は吐いてないとみた。

 聞いたということは事実なんだな。


 これはなかなか良い結果。


 ……さて。

 今、仕入れたネタをつかって、どう料理してやるか……。


 私が路地裏に入りこんで、今後の行動方針を固めようとしたとき。


 その奥から私の目の前に、マント姿の1人の娘が現れた。


 ……それは、さっきセイレスの傍に居た娘とほぼ同じ姿の娘。

 私も最初、あの娘を見たときは驚いたんだけど。


 同じ顔、同じ身長、同じ体型。

 そのショートの髪型、そばかすの位置も同じで、ただ、眼鏡の形だけ違う。


 ……トミという、私を解き放ってくれた恩人。


「……トミさん。久しぶり、でいいんでしょうか?」


 恩人だし。

 挨拶をしないわけにはいかない。


 私がそうやって頭を下げると。


「……あなた、何をやってるの?」


 そう、言われた。

 何か、詰るように。


 彼女の表情は、硬かった。



★★★(トミ)



 目の前に居る、マントと布マスクと牛乳瓶ぐるぐる眼鏡でそのメイド服姿と瞳を隠している女。

 セイリアを見据えて。


 ……私は後悔に似た感情を味わっていた。


 私はただ、この女の心を自由にして上げようと思っただけなのに。

 洗脳された状態でいるのは可哀想だから、と。


 なのに、こんなことになるなんて。


「何って」


 セイリアは言った。


「私はただ、セイレスと私を同じ幸福状態にしようと思ってるだけですよ?」


 小首を傾げて。

 それのどこに問題が? と言いたげだった。


「……そのために、あのオータムとかいう女の命を狙うの?」


「はい。だって、私の場合と違い過ぎますから。バランスを取らないと」


 双子の妹が居るから、探しに行く。

 最初、この女はそう言っていた。


 そして、探し。

 見つけて、知ったのだ。


 妹が、自分のように10年もの間、道具のようには扱われず、優しい主人に拾われて、人として生きていたことを。

 それが、この女には耐えられなかった……


「私たちは双子です。双子の姉妹です。同じであるべきなんです」


「……妹の幸せを喜んであげようとは思わないの?」


「不幸だったら同じ高さに引き上げてあげるつもりでした。でも、幸福ですからね。そうなると、逆になります」


 この女、セイリアは何の疑問も抱いていない口調でそう言い放つ。


「……そう」


 そして私は。


 そんなこの女に、何も言えなかった。


 だって、今のこの女の状態を作り出したのは自分だから。


 元のように、この女を人形のような精神で放置しておけば、こんなことにはならなかった。

 良かれと思ってしたことだけど、こうしたのは、紛れもなく自分……!


 だから、何も言えなかった。


「それでは、準備がありますので。私はこれで」


 トミさん、あなたのお陰です。

 あなたのお陰で、妹と10年ぶりにひとつになれそうです。


 そう言い残し、路地裏を出て、立ち去っていく。

 私はそれを見送った。


 ……どうすればいいの?


 そう、自分に問いかけながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る