第49話 アイアさんは友達

★★★(アイア)



 ……ああ。

 なんて素敵なんだろう。


 シャミオ様の目を見たとき。

 私は一瞬で胸を打ち抜かれた。


 これが、恋なんだ。

 それを初めて、味わってしまう。


 そっか。

 だから他の女の子は、恋を追いかけていたのか。

 こんな、幸せな気持ちになれるんだものね。

 やっと、分かったよ。


 クミさんが何か言ったような気がするけど、今はどうでもいい。


 シャミオ様。


 その姿は光り輝いているように見えた。


 この方にキスされたい。

 望まれるなら、何だってする。


 そんな気持ちでいっぱいになった。


 人間じゃ無いのは分かってたけど、どうでもいい。

 私はこの方に愛されるために生まれてきたんだ。

 きっと、そう。


「アイアと言ったウマか」


 ……シャミオ様が名前を呼んでくれた。

 胸がキュンとした。


「はい……アイアです。シャミオ様……どうか私を貰ってください」


 その言葉を口にしたとき。

 ドキドキして死にそうになった。


 鎧の上からだと、手で心臓の鼓動が分からないけど、体感で速くなっているのが感じ取れる。


「お前は美しいウマ」


 シャミオ様、私の顔に手を触れながら、私の容姿を褒めてくれた。

 好きな人に美しいって言ってもらえた……嬉しい。


 天にも昇る心地だ。


「ブルルル……サイズ的にも俺の相手にちょうどいいウマ。他の女はテキトーに遊んだ後、手下に下げ渡してそのまま売り飛ばしていたウマが、お前は別ウマ」


 ああ……シャミオ様が私の頬を撫でで下さる……なんて幸せ。

 うっとりとする。


「お前は俺の傍にずっと置いておくウマ。喜べウマ」


「嬉しいです……シャミオ様……」


 そして。

 シャミオ様の顔が私の顔に近づいてきた。

 ああ……きっとキスされる……。


 大好きな人との、ファーストキス。

 幸せ過ぎて、死にそう。


 そして、そっと目を閉じようとしたとき。


 ……シャミオ様の背後に、目を吊り上がらせて杖を振り上げ、跳躍し一撃を加えようとするクミさんの姿が見えた。


「危ないシャミオ様!!」



★★★(クミ)



 ふざけるなああああああ!!


 アイアさんが恋に落ちるのは良い。

 だけど、それがこんな形であっていいはずがない!!


 この魔物、酷過ぎる!


 人の心をこんな風に操るなんて!!


 アイアさんのかわいい乙女顔を見ると。凄まじい怒りがこみ上げた。

 アイアさん、夢のために恋を捨てた人だけど、もしこういう顔をするときがあるなら、それはアイアさんが運命の人に出会った時でないとダメなのに!

 この魔物は、魔法という卑劣な手段でこの顔を引き出した!


 こいつはこの世に居ちゃ駄目だ!!


 ぶっ殺してやる!!

 女として許せない!!


 杖を構えて、踏み切った。


 凍結の異能でぶっ叩き、一撃で仕留めるために。

 幸い、あのノラウマはアイアさんのことに意識が向いている。

 この瞬間なら、不意打ちができるかもしれない!


 すぐに倒さないと!

 でないと、アイアさんが……


 あんな化け物にキスされてしまう!


 杖を振り上げて、一撃。


 その無防備な背中に。

 加えようとした。


 したんだ。


 けれど。


「危ないシャミオ様!!」


 ……アイアさんがギリギリでシャミオを投げ飛ばした!


「ブヒヒーン!!?」


 シャミオは軽々と投げ飛ばされて、真横にぶっ飛ぶ。

 私はそれに気づいた瞬間、異能の発動を停止。

 このままだとアイアさんを凍らせてしまうから。


 アイアさんの鎧に杖を叩き込み、慌てて地を蹴る。


 一瞬後、アイアさんが私を捕らえようと動いたからだ。

 ギリでそれを回避。


 距離を離して、向かい合った。


「……シャミオ様をやらせはしない」


 アイアさん、厳しい顔で私を睨むように見て、そう言い放つ。

 そんな言葉を聞きたくなかった……!


「アイアさん! 目を覚ましてください!」


 絶望的な気分だ。

 私の知識は「おそらく無駄だ」って分かってるけど。

 そう言わずにはいられなかった。


「……よくやったウマ。アイア。さすがは俺の女ウマ」


「……私がシャミオ様の女……!」


 アイアさんに投げ飛ばされたシャミオが、自分が何で投げられたのか理解して、起き上がりながらそう言う。


 アイアさん、それを聞いてほぅ……という感じで、女の表情をした。

 駄目だ……こんなの……!!


 許せない……!


「アイアさん! あなたは眼力の奇跡で洗脳されてるんです!」


 無駄だけど、言わずにはいられない。


「眼力の奇跡……?」


「姦淫神マーラの奇跡です! 一種の呪いで、今のアイアさんはあの馬の化け物に恋い焦がれているだけなんです!」


「何を言うの!? そんなこと無いよ!」


 この気持ちは、本物!

 アイアさんは、完全にキマった、恋に狂った顔でそう断言した。


 ……どうしよう……どうしよう!?


「無駄ウマ。一度俺に惚れてしまった女は、何を言っても元には戻らんウマ」


 ……知ってるよ。

 アイアさんに守られる形になる、アイアさんの背後で放つシャミオの勝ち誇ったようなその台詞に、私は心で後を続けた。


 ……術者を殺せば、呪いは解けるってこともね。


 なんとか、あいつを倒さなきゃ……!


「……お願いなんだけど。シャミオ様を見逃してくれないかな?」


 私を油断なく見張りながら、足元に落としていたビクティ二世を拾い上げるアイアさん。

 あの馬鹿でかい両手斧を、まるで小物を拾うような手軽さで拾い上げてしまう。


 ……恐ろしい。


 多分、このアイアさんのお願いを拒否すれば、私は最終的にアイアさんと戦うことになる。

 今のアイアさんは、シャミオを自分の主人と思っているから。

 シャミオの命を狙う以上、アイアさんが黙っているはずがない。


 アイアさんの戦いぶりを見て、私は思ったよ。


 この人、空が飛べなくて目からビームを発射できないスーパー●ン、いや、スー●ーウーマンだ、って。

 そんな人と戦うなんて……無茶ぶりにも程がある。


 私もオータムさんの指導の元、修行して強くなったけどさ……。

 アイアさんと戦って、アイアさんをねじ伏せるのは絶対に無理。


 どうしても止めたいなら、殺す気で挑むしかない……!


 でも、そんなの本末転倒……!


 どうしよう……?


「アイア、その女も捕らえるウマ。そっちは売り払う用で確保するウマ」


 アイアさんの背後から、シャミオが言う。

 周りに居る、他の盗賊団のメンバーもニヤつきながら同意していた。


 最低……!


 だけど……


「え……?」


 その言葉に、アイアさんが動揺した。

 はじめて、だ。


 そして、こう言ったんだ。


「そんな。シャミオ様。クミさんは見逃してあげてください。クミさん、結婚してて旦那さんが居るんです。家に帰してあげないと」


 ……焦った顔で抗議してくれた。

 絶対の主人と思ってるはずの、シャミオに……!


 私は泣きそうになってしまった。

 ……何が独身原理主義者だ、よ。

 全然違うじゃない。


 オータムさんも良く知らなかったんだね。

 アイアさんは単に、自分を否定されるのが嫌だっただけ。

 他人に自分の生き方を押し付けようとするとか、自分の想いを最優先にするとか。

 そんな人じゃない。


 そうでなきゃ、この状況でこんな言葉は出ないよ。

 きっとそうだよ……!


 しかし、シャミオは受け入れなかった。

 当然だけど。


 いやらしい口調で、こう言ったんだ。


「……ほう、人妻かウマ。ますます欲しくなったウマ。そうだよな、お前らウマ?」


「合点でさあ!!」


「人妻最高ー!!」


 盛り上がるギャラリーの盗賊たち。

 この、クズどもが!


 アイアさん、青くなって、震えだす。

 怖がってるんじゃない。


 絶対にやりたくないことを強要されているのに、呪いのせいで拒否できない精神状態に置かれているから。

 その葛藤で、震えているんだ。


 ……アイアさん!


「どうしたウマ!? アイア! やるんだウマ! お前は俺の女ではないのかウマー!?」


「……う……うわああああ!!」


 シャミオの強要。それを受け。

 アイアさんは、戦斧を八相に構えて飛び込んできた。

 真っ青な顔のまま。


 ……来る!


 振り下ろす一撃。


 凄まじい一撃だった。

 地面の土が爆発するように抉れる。

 まるで小さな隕石が落ちたみたいに。


 間一髪で私は躱す。


 そこから踏み込んで、横殴りの一撃。


 横っ飛びに転がるように跳んで、躱す。

 私が居たところの背後の岩が、木っ端みじんに砕け散った。


「生け捕りにするんだウマ! それでは殺してしまうウマー!!」


 シャミオがそれを見て焦ったように言ってくる。


 ……的外れだ。


 私にはわかっていた。

 アイアさん、手加減してくれてる。


 私が間一髪で躱せるように、微妙に狙いを外してる。

 追撃も甘めだ。


 ……アイアさん、自分があって、強いんだね。

 この状況でも、呪いのせいで最愛の人になってしまったシャミオの命令を拒否して、私を守ってくれている。


 ……嬉しいよ。


 絶対に、助けてあげるから……!


「……魔法で飛んで逃げてよ。できるでしょ?」


 斧をまるで嵐のように振り回しながら、アイアさんは縋るような声で私に言って来た。

 私だけに聞こえる声量で。


「……私の事は心配しないで。ここで、シャミオ様と幸せに暮らすから……!」


「無茶を言わないで下さい」


 アイアさんは友達です。

 もう、決めました。一方的ですけど!


 こんなに私のために心を砕いてくれた人を、友達にしないわけにはいかないです。


 ……友達だったら、こんな歪んだ恋の呪いは放置するわけにはいかないよね!


 そのためのプラン、アイアさんが手を抜いてくれた攻撃を躱しつつ、組み上げている。

 待ってて! そこから助けてあげる!!


「りゃあああああ!!」


 アイアさんが雄叫びをあげて、大上段の一撃を繰り出した。

 私はそれを腰を落として待ち構え。


 地を蹴り、回避。


 跳躍。


 次の瞬間、私は宙を舞っていた。

 先ほど、口の中で唱えていた「飛翔の術」の効果。


 そして。


 ドシャン!


「……え?」


 アイアさんが地べたにうつ伏せで倒れていた。

 キョトンとした顔で。


 起き上がろうとするけど、上手く行かない。


 ……滑るのだ。


 地を蹴るとき、私が地面を凍らせたから。

 オータムさんの異能修行で、私が最初に磨いた技……!


 いくら身体能力が高くても、いきなり地面が凍ったら、対処に困るよね……!


 その間に、あいつを倒す!


 私はシャミオを見た。


 あの外道馬の化け物は、アイアさんが行動不能になった姿に目が釘付けになっているようだ。


 ……今だ!!


 私は直進する。

 シャミオに向かって。


 魔法については「飛翔の術」の発動だけで手いっぱい。「操鉄の術」までは使えてない。

 だから、直接殴るしか無いから。


 杖を腰だめに構え、異能を乗せた突きを放つ。


 放とうとした。


 その一瞬前だった。


 ……シャミオの目がこちらに動いた。

 馬は、視界が広いから。


 私は、シャミオの目を見てしまった。

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