第50話 伝説の超既婚者クミ

★★★(シャミオ)



 今日はなんて良い日だウマ。

 俺の女に相応しい女が、俺のアジトに飛び込んできてくれたウマ。


 その女の名は、アイア。


 長く美しい黒髪。ワンポイントで赤く染めた前髪。

 清楚な感じの目と良く合ってるウマ。


 鼻筋がしっかり通ってて、意思の強そうな美しい女だウマ。


 だが、そんなことは些細な事。

 特筆すべきはその身長!


 ……長身の男に並ぶ背の高さ。

 俺の番になるメスとしては、おあつらえ向きの大きさだウマ。


 そもそも、人間の女は身体の大きさが俺と合致しないウマ。

 それが不満だったウマ。


 でも、この女はそこが問題ない。

 それだけでもすごいのに。


 その体つき。


 戦士だけあって、鍛えてて。

 よく締まっているのが見て分かるし、胸の大きさも身体に見合ったデカさで、最高だウマ。


 ……この女は、我らノラウマの嫁になるために生まれて来たに違いない。

 きっとそうだウマ。


 そう、俺は目の前でかつての仲間である眼鏡の女と死闘を繰り広げているアイアを見ながら、我が身の幸運を噛みしめていたウマ。


 マーラ様はとんでもない贈り物を俺に寄越してくれたウマ。

 愛の欲望のままに、マーラ様のご意思のままに振舞ってきて良かったウマよ。


 これまでは愉しくはあったが、物足りない女ばかり抱いてきたウマからな。

 身体の大きさが合わんからウマ。何度も言うけど。


 だが、アイアなら申し分ないウマ。

 アイアなら抱き合ってもちょうどいいところに顔が来るし。


 ああ、今からそれが愉しみウマー。

 どんな顔をするのか、どんな声で啼くのか。

 興奮してきたウマ!


 俺に甘えて媚びてくる姿をこれから毎日愉しむウマ!


 だからアイアよ。

 早くその女を捕らえるウマ!


 眼鏡の女と、アイアはさっきからずっと戦ってるウマ。両手斧を振り回してウマ。

 もっとも、眼鏡の女は逃げ続けるだけで、アイアに一撃も入れられていないみたいウマけど。


 アイアの強さは相当なものウマ。

 当たりこそしていないウマが、空振りした攻撃の余波が凄すぎるウマ。


 地面は大きく陥没するし、躱された背後にあった岩が、斧がブチ当たった瞬間に豆腐みたいに砕け散ってしまうウマ。


 ……思えば、俺のことも軽々と投げたウマね。力で、ウマ。

 どんだけ強いウマ。


 そんな女を俺の女に……

 ますます興奮するウマ。


 ヒヒーン!


 生け捕りにしろと命じているのに、斧を振るうのをやめないウマね。

 お前はそれでかつての仲間を疲れさせて捕らえる腹積もりウマ?


 ……もしそれで失敗したら、初夜でいきなり説教ウマよ?

 色々恥ずかしいことをさせるウマからね?


 そいつはそいつで、売り飛ばす前に色々愉しむ予定ウマから。


 人妻らしいウマから。アイアが言ったがウマ。


 今のアイアは、俺の女になっているので、こんなことで嘘を吐くはずが無いウマ。


 愉しみウマ~!


 眼力の奇跡をかけて、あの女自身の口で、かつての家族を罵倒させるウマ。

 人妻を喰うときはそれが最高の愉しみウマ!


 家族よりも俺の事が好きと言わせてやるウマ!

 それが醍醐味ウマ!


 まぁ、身体の大きさが合わんから、飽きたら即売り飛ばすウマけどな!


 ……そう思いながら、戦いを見守っていたウマ。そのときウマ。


「りゃあああああ!!」


 アイアが雄叫びをあげて、大きく振りかぶった一撃を振り下ろしたウマ。

 そのときに、戦いが動いたウマ。


 その当たれば即死必至の一撃を、眼鏡の女は斜め後方に跳躍して躱したウマ。

 アイアの斧は地面を抉るにとどまったウマが、さらに追撃を加えようとアイアが、一撃からの再起動をかけたときウマ。


 ドシャン!


 いきなり、足を滑らせて前のめりに転んだウマ。

 その綺麗な顔に傷がついたのではないか!?と一瞬恐怖したウマが、そこは大丈夫だったウマ。


 ……これは何事ウマ!?


 ただのうっかりミスでは無いようウマ。

 その証拠に、起き上がろうとして、アイアは失敗して苦戦しているウマ。

 なんだか、アイアが立っていた地面だけ、滑りやすくなってるみたいウマ。


 アイアよ! どうしたウマ!?


 早く立てウマ! 眼鏡の女がここぞと攻めてくるウマ!


 ……もしくは、逃亡するウマ!


 そっちの可能性に気づき、俺は眼鏡の女を探したウマ。


 周りを見回したが、居ないウマ。

 どこだ……どこだウマ?


 ……手下どもの視線がおかしいと気づいたのは幸運だったウマ。

 なんだか、手下どもは上の方を見ている。


 何故ウマ……?


 そこに気づき、俺も視線を動かすと……


 居たウマ。

 眼鏡の女が。


 女は宙に浮いていたウマ。

 明らかに飛んでいたウマ。


 女は、棒を槍のチャージのような構えで構えて、突っ込んできてたウマ。

 あの女、空を飛べたウマか!?


 魔法を使えるウマ……!


 まともに戦うと厄介な相手だったウマ。


 だけど……。


 俺にとっての幸運は、ここでも続いたウマ。


 まだ間に合う距離で、俺は突っ込んで来る眼鏡の女に気づいたウマ。

 眼鏡の女は俺をしっかり見据えていたウマ。


 ……視線させ合わせれば、眼力の奇跡は発動するウマ。


 俺の、勝ち、ウマ……!


 俺は意識を持って眼鏡の女の目を見たウマ。

 向こうも、それに気づいたウマ。


 ……勝った!


 俺は勝利を確信し、思わず笑みを漏らしたウマ。


 さあ、これから祝宴だウマ。

 女が2人も手に入ったウマ。


 片方は俺のものウマが、もう片方くらいは手下に貸してやるウマよ……!

 俺はその宴の様子を思い描き、興奮を高めていたウマ。


 そうだったのに。


 どんっ!


 ……ブヒ?


 何故か、女は止まらなかったウマ。

 俺への敵意の籠った目は、微塵も揺るがず、俺の胸に、ちょうど乳首のあたりに、手に持った棒で突き込んで来たウマ。

 その一撃は鋭くて、ねじ込むように突き入れられ、物理的に刺さりはしなかったものの息が止まったウマ。


 ……な、何でウマ?


 わけが分からなかったウマ。

 ど、どうして……ウマ?



★★★(クミ)



「オータムさん、ちょっといいですか?」


 私はそのとき、聖典を読んでて気になったところをオータムさんに聞いてみたのだ。

 実際のところ、どうなのかな? って思ったから。


 神話には真実が含まれているものだ。

 過去の歴史だったり、その民族の基本的モノの考え方だったり。


 私が聖典を読み込んでいたのは、単に読み物として一番最初に手元にあったのがそれだった、だけじゃない。

 この世界の人間を深く知るために、そのために一番読まないといけないのがこの「聖典」だと思ったから。


 それが実のところ、一番大きいのかもしれない。

 この世界でずっと生きていくうえで、避けられないことだよ。


「何かしら?」


 オータムさんはそのとき、屋敷の居間で何か読んでいた。

 椅子に座って、丸いテーブルに置いたティーカップのお茶を飲みながら。


 相変わらずの黒装束で、足を組んで座るさまがとても絵になってる。


 読書。 


 その手を止めるのは心苦しいな、って思ったけど。

 オータムさんはその手を止めてくれた。

 パタン、と栞を挟んで本を閉じてくれる。


 うう。申し訳ありません。

 どうしても、聞きたかったんです。


「聖典の内容で、どうしても確認したいことがあって」


「その質問、多いわね」


「スミマセン。どうしても実例の知識は私、無いので」


 ぺこぺこしながらお願いする。

 オータムさんはお茶を飲んで、顔で「何でも言って見なさい」っていう風に促してくれた。


「スミマセン。ありがとうございます」


 私はお礼を何度も言って、聞いたのだ。


「伝説のスーパー既婚者の話なんですけど、これ、本当に起きうることなんですか?」




~~伝説の超既婚者の話~~



 昔々、あるところに。胸の大きな若奥様が居た。

 若奥様は、夫を深く愛していた。

 夫も彼女を愛しており、相思相愛の関係にあった。


 だが、その若奥様は、通りすがりのノラウマに目をつけられてしまう。


「巨乳の若奥様……これはそそるウマ!」


 ノラウマは早速、夫の留守中に家に押し込み「眼力の奇跡」を使用した。

 これだけで、若奥様の夫の設定は、元々の夫から、目の前のノラウマに書き換わるはずだった。


 ノラウマは興奮して、その場でお楽しみしようとしたのだが。


「待ってください」


 若奥様はそれをやんわりと押しとどめ、微笑みながら言ったのだ。


「あなたのために衣装を変えます。記念すべき初夜ですし。ビックリして欲しいのでそのまましばらく目を閉じて」


 若奥様のそんな心遣いに、俺はなんていい女を手に入れたのだ、とノラウマは喜んで目を閉じた。


 ごそごそとか、ガチャガチャン。どぼどぼという音がした。

 気にはなったが、もはや俺の愛妻になった女がすること。

 ノラウマは目を開けることなく、そのときを待った。


 ドボドボドボ……


 何か、掛けられた。


「これは何ウマ?」


「あなたの精力を高める精力剤です。浴びると一晩中私を愛することが出来ます」


「それはいいウマ!」


 カチンカチン。


「それは何の音ウマ?」


「あなたに最高に愛してもらうために、火打石で願掛けをしているのです」


「それは素晴らしいウマ!」


 ボッ!


 その次の瞬間、ノラウマは火に包まれた。


「ブヒヒヒーン!!?」


 そのときに、その愚かなノラウマは気づいたのだ。

 若奥様には「眼力の奇跡」が通じていなかったことを。


 火だるまになる自分をじっと見据えているその若奥様の強い瞳を見ながら。


 ……こうして、眼力の奇跡に耐え抜き、見事ノラウマを焼き殺して討ち取った若奥様は、デルフ地方の伝説となり


「デルフの若奥様」と呼ばれるようになった。



~~~~~~~~~~~



「一応、真実ではあるわね。ごくまれにだけど、本当に「眼力の奇跡」に耐えられる人は居るから」


「そうなんですか……」


 オータムさんの言葉を聞いて、私は感心のため息をついた。

 混沌神の神の奇跡を受けても、耐え抜いて心を守り切れる人、実際に居るのか。


 聖典読んでて「え、これ本当に起きうるの?」って思ったから、聞いたんだけど。

 良かった。スッキリした……。


「ちなみに、どういう人なんですか?」


「……まあ、伝説の通り、決まった相手が居る人、ね」


 独身者、恋人の居ない人。

 そういう人で、眼力の奇跡に耐えられた人は居ない。

 そういうことだった。


 だから、私はこう聞き返した。


「つまり、既婚者には眼力の奇跡は通じない、と?」


「いやいやいやいや」


 しかし全力で否定される。


 クミちゃん、話ちゃんと聞いてた?

 言ったでしょ? ごくまれにだって。


 嗜めるように言われてしまう。


「既婚者でも眼力の奇跡のせいで酷いことになった人なんて腐るほど居るのよ」


 実際、一国の王妃がノラウマの眼力の奇跡にやられて、王国が瓦解した事例だってあるんだから。

 そんな単純なものじゃ無いわ。


 オータムさんの言葉。

 ちょっと、自分のオバカさ加減に恥ずかしくなる。


「うう、申し訳ございません……」


 深々頭を下げる私。

 オータムさんはそんな私をフォローするつもりなのか、自説を披露してくれた。


「……これは、仮説だけどね」


 オータムさんの予想。

 眼力の奇跡の魔法としての構造の話。


 おそらくだけど、眼力の奇跡という魔法は、術者の存在を、相手の「最上に伴侶として愛する存在」として書き込む魔法で。

 書き込む対象にすでにそういう存在が居た場合、それを「上書き」する能力は無いんじゃないのか?


 そういうことだった。


「まあ、検証するには実例が少なすぎるし、事が事だから無理な相談だけどね」


「ですよねぇ」


 私はそこには同意する。


 オータムさんは続けた。


「それに、こんな話は特に覚えていても意味は無いかな?」


「……どうしてですか?」


 ちょっと意外だったから、そう聞き返す。


 すると、理由を教えてくれた。

 納得の理由だった。


「だって、何をもってその人に「最上に伴侶として愛する存在」が居るかどうかが分かるのよ?」


 ……ごもっとも。


「確かに……そういう存在が出来たら、髪の毛が金髪になるとか、赤くなるとか、ブルーになるとかするなら分かりますけど、そうじゃないですもんねぇ」


「そういうことよ」


 オータムさんは、ティーカップを手に取って、一口お茶を飲んだ。


「己の正しさとか、愛だとか、意思の強さだとか。そういう「計測出来ないもの」に、絶対の信頼を置くべきじゃ無いわ」


 ……愛まで否定しちゃいますか。いやまあ、持つべきじゃないって意味で言ってるわけじゃないのは分かりますけど。

 そのときはそんなことを考えながら「まぁ、そうだよね」と思ってた。


 だから私はサトルさんの事が好きだけど、毎日サトルさんを愛する努力を怠らなかった。

 自然に発生する愛情だけで夫婦関係を維持できると「信仰」しなかったんだ。

 今の幸せを壊したくない。その一心で。


 それが、実を結んだのかな?


 私は、ノラウマの「眼力の奇跡」に耐えた。




「何故ウマァァァァ!!」


 ノラウマの叫び。

 この事態が受け入れられないみたい。


 そりゃそうか。

 当然だよね。


 今までずっと成功しかしてこなかったんだろうし。


「俺の……俺の身体が凍っていくウマ……!!」


 ビキ……ビキ……!


 私が杖での突きを食らわせた、ノラウマの胸周辺から凍結が始まっていく。

 終わりだ……!

 数秒持たずに、こいつは氷の像に変わる。


「そんな馬鹿なウマァァァァ!!!」


 凍結が全身に及び、首以外全て凍った状態で。

 ノラウマは最期の叫びをあげる。


 ブヒヒーン!!


 そして完全に氷漬けになったノラウマを。


 私は地面に降り立って。

 

 私は全力の上段からの杖の一撃で打ち据えて、木っ端みじんに砕いてやった。

 粉々になる、馬の顔をした卑しく邪悪な魔物。

 その表情は、馬だったけど「怯え」と「理解不能」で一杯なのが見て、分かった。


 相当な混乱と、恐怖だったんだろうね。

 最期の一撃で、他のマーラの奇跡を使わなかったんだから。


 私は思った。



 ……ざまあみろ。

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