第33話 冒険者になることにした。

「えっと……」


 私は、思わず戸惑ってしまう。

 付け焼刃で戦いの場に立つの、危ないから止めとけって言ったの、オータムさんだよね?

 オータムさんの助手になるってことは、オータムさんのハイレベルな仕事のサポートをしろってことでしょ?

 それ、前にオータムさん自身が言ったことと矛盾しない?


「すみません。何故そうなるんですか?」


 ……正直、手を握られてちょっとドキドキしてしまって、サトルさんに「申し訳ない!」って気にはなるけど。

 私はなんとかその一言を言った。


 ……だってオータムさんカッコイイんだもの。

 女性なのにね。いや、私、女の子に興味はないはずなんだけどさ。


「何故って?」


「だって前に、軽々しく戦闘を志すとロクなことにならないって仰いましたよね?」


 そうツッこむと、オータムさんは「ああ、そうだったわね」と返してきた。

 で、「事情が変わったのよ」と。


 ……?

 どういうことだろう?


「それ、どういう意味ですか?」


 ……なんだかスイッチが入ってしまった。

 ドキドキよりも、理解したいという欲望が優先され、私はオータムさんを見つめてそう言ってしまう。


「……実は」


 そしてオータムさんは語ってくれた。

 今回の仕事であったことを。


「……そのときにね、混沌神官の自由王フリーダという男に出会ったのよ」


 その名を語るオータムさんの顔は、どこか興奮している気がした。


「フリーダ?」


 知らない名前だったので問い返すと


「……約100年前から、この国で暗躍している混沌神官の大物よ」


 そいつ、二つ名を「自由王」「究極混沌神官」って呼ばれている犯罪者……いや、テロリストらしい。

 かなり昔になるけど、この国の王様の命を狙ったこともあるそうだ。

 そして、今まで捕縛されたことが一度も無いらしい。

 当然か。捕縛されてたら処刑されてるはずだもんね。


「……とんでもない男に遭遇したんですね」


「ええ。……見た目が凄く若いのも気になった。そういう異能を持ってるのか、それとも襲名制であいつが何代目かのフリーダなのか……」


 言ってはなんだけど、社会から排除すべき悪党ではあっても、そいつが有名人なのには違いないから。

 こんな風に興奮してしまうのもしょうがないのかも。

 決して憧れているわけじゃ無くても。


「でね、ここからが本題」


 フリーダの話をそこまでにして、オータムさん。

 聞く側の私としても、気を引き締める。

 これから、何故冒険者にならなきゃいけないのか教えてもらえるんだし。


「……フリーダの直属の部下にね」


 聞いた私は、固まってしまった。

 だって……


「クミちゃんと瓜二つの女の子が居たの」


 ……この間、センナさんに丸坊主土下座をさせる羽目になった原因を作った奴!

 心当たりがありまくり。

 おかげでサトルさんと超ラブラブ(死語?)になったけど、センナさんはその頭で蕎麦屋さんの看板娘をすることが出来なくなり。


 今、しょうがないからと、髪の毛が伸びてくるまで神官の資格取得に精を出さざるを得ない状況になったんだけど!?


 とんでもないことをしてくれた奴!

 私の方は幸せそのものだけど!!


 全く、怒り狂えばいいのか、お礼を言えばいいのか。

 どうしよう!?


「……そいつ、心当たりがあります」


「え……?」


「友達が見かけて、そいつが私のフリをしたせいで、この間離婚の危機に見舞われそうになりました」


 幸い私の夫が、私を最後まで信じてくれる人だったから、なんとかなりましたけど、と胸の前でギュッと握りこぶしを固く握りつつ続ける。


「はいはいご馳走様」


 そしたらなんだかオータムさんが困っていた。

 何故に。事実なんですけど?


「……まあ、それは置いといて」


 オータムさんは話を切り替えた。ちょっと強引に。


「だったら話が早いんだけど、多分その子よ」


 私は感じたの。

 あなたといつか、あの子はぶつかる運命にあるんじゃないかと。

 だったらそのとき、あなたが戦う力を持っていなければ、なす術もなく刈られる側に回るだけ。それだけは絶対に避けなければいけないわ。


 だから今のうちに、私の助手として働くことで、この先あの子と出会っても「ただ、刈られる、農作物のような存在」で終わらず、自分の大切なものを守るために立ち向かう力を身に付けておいた方がいいんじゃないかな、って。


 どう?そう思わない?


 ……そんな、オータムさんの提案。

 ほとんど「予感」が根拠になってる話なんだけど。

 無下にする気は起きなかった。


 それは別に、オータムさんが好きだから、じゃない。

 私もそう思ったからだ。


 だってさ……


 顔が一緒ってだけじゃなくて。

 本来はこの世界に2つと存在しないはずのブレザーを着てて。

 眼鏡だけが「以前壊れたもの」を掛けてて、違うって。

 出来すぎでしょ。

 これは何かしらの因縁があるはず。絶対に。


 それに。

 その子、究極混沌神官とかいう凶悪犯罪者の手下やってるんだよね?

 じゃあまず間違いなく恐ろしい行動原理で動いてる奴のはず。

 もし戦うことになったら、今のままじゃ負けるのはきっと私。


 それは駄目!


 今の私は守らないといけないものが沢山あるし。

 守らねばいけない人。守らねばいけない場所。

 それがXデーが来た時に吹っ飛ぶような状況、放置したくない!


 でも……


「すみません、ちょっと一晩考えさせてください……」


 私はオータムさんに深々と頭を下げた。

 こんなの、私の一存で決めちゃいけないことだよね。


 ……正直、答えは決まってることだとは思うんだけど。




「サトルさん」


 その日の晩だ。

 サトルさんの部屋。夫婦の寝室で。

 さぁ、一緒に寝ようか、ってとき。

 完全に夫婦2人きりになれるの、このときだけだし。


 私が冒険者を志す。


 このことは、まずサトルさんと2人きりで話し合いたい。

 それが私の正直な気持ちだった。


 私の呼びかけにサトルさんは私を見て。

 話があって呼びかけたことにすぐ気づいてくれた。

 察しが良いのは嬉しい。私が彼について気に入ってるところ。


「何?」


 私と向かい合うように正面に正座する。

 二人の寝る同じ布団の上に、向かい合って座る私たち。

 私は寝間着代わりの赤い作務衣。

 サトルさんは紺色の作務衣。


 作務衣姿同士で向き合って正座。


 ……これを言ったら、サトルさんどういう反応するだろう?

 反対、される気がするなぁ……。


 意を決して、切り出した。


「実は、冒険者になろうかと思うんですけど」


「やめろ」


 ……秒で反対された。

 しかも、初めて高圧的に。

 こんな言い方されたこと、無かったな。

 ……それぐらい、嫌なのか……


「……ゴメン。でも、やめて欲しい」


 言い方キツかったと思ったのか、一応謝ってくれたけど。

 言った内容自体は曲げる気無いみたい。

 続けて「家事スキル高めて、そっち方向で就職目指すって言ってたじゃないか」って。半ば、非難される調子で言われてしまった……。


「そんなに嫌ですか? 私が冒険者になるの?」


「当たり前でしょ? 誰が自分の奥さんを、切った張ったの世界に行かせたがるんだよ」


 ……ああ、詰られている。

 それを、初めて感じるよ……。


 でも、私だってこっちの道を選択したくない。本当は。

 好きで選ぶわけじゃないんだ。


 家事スキル高めて、それで別の仕事やったり、アイスクリームの開発に注力して、元の世界のヒット商品をパクッて一儲けして成り上がりを目指したいんです。


 私だって本意じゃないです。でも……


「サトルさんの私への愛は嬉しいです。こんなに愛されて私はとても幸せです」


 冷静に話を聞いてもらうために、彼への想いを私はまず口にした。

 じっと彼を見つめながら。


 ……このまま「何故この道を選ぼうとしているか?」の話を続けたら、まともに聞いて貰えず、それどころか彼を怒らせてしまうかもしれない。それが嫌だったし、避けたかったから。


 話が出来なくて、怒らせるだけで終わったら、何も得るもの無いからさ。


「だったら何で冒険者なんだよ」


 一応聞いてくれてはいるけど、サトルさんは全然納得いってない表情でそう返してくる。

 意味不明だ。そう顔で言っていた。

 対応誤ると怒らせちゃうな……。

 私は、そのサトルさんの顔をしっかり見つめて、続ける。


「……この間、私そっくりの別人のせいで、私が浮気疑惑かけられた事、ありましたよね?」


 そのせいで、私たち夫婦は本物になったと思うんですけど、と軽く触れながら。

 あれは2人の愛の想い出だし、記念すべき出来事だったから、彼もしっかり聞いてくれる。


「うん……」


「あの問題の別人をですね、私の恩人のオータムさんが仕事先で見つけてしまったんです」


 オータムさんの事についてはすでに彼にも何度も話しているので彼も知ってる。

 私が昔、オバカやって売り飛ばされそうになった時に助けてくれた恩人で、私の特技である「異能」を修行するときに、師匠のような立場になってくれた人だって。


「どこでだと思います?」


「……どこなの?」


 よし。まともに聞いてくれてる。

 それを確認して、続けた。


「……混沌神官の直属の部下」


「!!」


 サトルさん、さすがに驚いていた。

 私そっくりの別人が、よりにもよって混沌神官の部下だなんて。


「そこでオータムさんは予感したそうです。私が戦える女になっておかないと、彼女が私を狙ってきたとき対抗手段が無くなるって」


「……何で狙ってくるって決めつけるのさ?」


 そこまで説明しても。

 サトルさんはまだ渋っていた。


 そこまで嫌なのか……。


 嬉しい。愛されてる。

 だけど……


「狙ってこないって保証はどこにも無いですし、その心配をする必要が無いと言い切るには、そいつ、私と似過ぎてます」


 顔が同じ。服装が同じ。体型が、髪型が同じ。

 だけど、眼鏡だけ旧式。


 オータムさんの話によると、異能まで持ってたらしい。

 私とは別の異能だったとか。


 ここまでくると、私と何か存在に関して重要な因縁のようなものを持った相手だとしか思えない。


「だからお願いです。認めてください。サトルさんの許可を得ずに決めるのは違うと思ったから、返事は保留にしてきたんです。今日は」


「戦いっていうものは、こっちにやる気が無くても、相手がやる気だったら始まってしまうものなんです」


「相手が踏みとどまる要因があるとしたら「やったら高くつく」……つまり、簡単には倒せない相手になるしか無いんですよ」


 ……安全保障の基本的考え方だよ。

 私は三つ指をつく感じで、サトルさんに頭を下げた。

 避けようのないことだけど、彼にはちゃんと認めて欲しかったから。


 そこまでお願いしたら


「……分かった。でも、ひとつだけ約束して」


 認めてくれた。認めてくれたけど……


「……何ですか?」


「……最後は自分の命を優先してくれ。冒険者としての仕事が無くなるような失態してでも、生き残ることを考えて……」


 ……それって。

 センナさんを見捨てた、あのろくでなしパーティメンバーズみたいな行動、最後の最後はとれってこと?

 私がそんな人間になっても構わないから、生きて帰ってきて欲しいってこと……?


「俺、クミさんが世間様に後ろ指指されるようなヘマをやらかしたとしても、生きて帰ってきて、俺の隣に居て欲しいんだ……」


 サトルさん、すごく言いづらそうだった……。


 だって。


 仕事をする人間としては最低。

 そう、言われちゃうかも。

 本当に危なくなったら、依頼を投げ出して逃げてこいって言ってるんだから。


 でも……嬉しかった。


「……はい。絶対に死んだりしませんから。かならずあなたの奥さんとして毎回帰ってくるって約束します」


 私は心から微笑んで。

 そのまま彼に抱き着いて、夫婦の口づけを交わした。


 もう、彼も私も慣れたもので。

 存分に、二人の想いを確かめ合った。

 彼の力強い抱擁で、私の想いがさらに強まる。


 ……こうして。

 私はこの日、冒険者として生きていくことを決めた。

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