第34話 強くなれる理由を知った
★★★(クミ)
「さて、本来ならお金を貰って稽古をつけるところを、逆にお金を払って稽古つけるわけだからね。ビシバシ行くわ。覚悟なさい!」
「はい!」
私はオータムさんのお屋敷のお庭で、白い伸縮性素材で出来た半袖の上と、黒い同じ様な伸縮素材で出来た下……一言でいうとブルマーの女子体操着姿で気を付けの姿勢を取っていた。
……ブルマーって、結構進んだ素材使ってると思うのに、何故この世界であるんだろう……?
あと、最近はブルマー自体全滅しつつあるよね……。
そんなものをこの世界で着る羽目になるなんて……。
昨晩、サトルさんと合意して、冒険者になることを決め。
今日、「あなたの助手として雇ってください」とお返事をしにお屋敷に出向いたんだけど。
……そしたらいきなり着替えさせられた。
「月20万えんのお給金を出す予定なんだから、グズグズされると困るの」
「超厳しくなるけど、2週間でギリ私の助手を務められるレベルになってもらうわ」
……すごくメチャクチャ言われてる気がするけど、拒否はできないよね。
そもそも「助手になりなさい」って言葉自体、善意なんだし。
私がこれから先に遭遇するかもしれない災厄を、自力で回避できる人間になるために。
オータムさんはいつもの黒装束で。
手に竹刀みたいなものを持っていた。
鬼コーチって感じだ。
「まずは!」
ゴクッ。
私は固唾を飲む。
何をさせられるんだろう?
「懸垂よ!」
ビシッ!と竹刀で、お庭の隅っこに設置している鉄棒を指し示した。
……ああ、やっぱりトレーニング用に作ってたんだぁ……。
ここに住まわせてもらってたときから気にはしてたけど。
2本の円柱を繋ぐように、1本の鉄の棒。
まぎれもなく、どこから見ても鉄棒だった。
「……どのくらいやればいいんですか?」
「限界を見ておきたいから、限界まで」
「分かりました」
……うわー。
鉄棒を前にして、私は内心青ざめる。
目の前には高さ2メートルくらいある鉄棒。
手を伸ばしても、ちょっと届かない。
ジャンプすれば届くかも?
そんな感じ。
……私、どのくらい懸垂できるのかなぁ?
1回もできなかったらどうしよう?
「クミちゃん。残念だけど、あなた見込み全くないわ。気の毒だけど、運命を受け入れなさい」
……そんなことを言われてしまうかも?
さすがに、お猿さんに学者になれって言うようなこと、できないもんね……。
怖かった。
怖かったけど。
……ええい! ままよ!
私は鉄棒に跳び摑まって、両腕と背筋に力を込める。
私の体が、持ち上がっていく……
お……お……?
★★★(オータム)
……ちょっと、予想を超えていた。
クミちゃんの基本体力の程を知りたいなと思ったから、限界まで懸垂してとは言ったんだけど。
……1回も出来ないってパターンは想定してた。
けど……。
クミちゃん、50回超えてるのに、まだやってる……!
これは一体どういうこと?
クミちゃんの表情。苦しそうだけど、まだやれそうだった。
ホント、どういうことなんだろう?
この子、ウエイトレスをしてただけの子だったのよね?
その後も。
微笑みながら腕立て伏せをしなさいと言ったら、指示通りに200回超こなすし。
限界まで走れと言ったら、2時間超走り続けてきた。
……ホント、どういうことなの?
「クミ様は杖をお使いになるとよろしいかと存じます」
……私の家のメイドを務めてくれているセイレスは、幼少期にややこしいところに居たせいで、刀の他、槍、弓、杖、薙刀、鎖鎌を扱うことが出来る。
本人的に一番得意なのが刀だそうで、普段、荒事用に武器を持つ場合は刀を選択することが多いのだが、他人に基礎的なことを教えるだけなら、かなり幅広い。
「刃物じゃないんですか?」
「クミ様の場合は刃物は向きません。異能で一撃必殺を狙えるのに、危ない刃の部分を備えた武器を持つ必要性がありませんし」
「……ですよねぇ」
言われてしまい、残念そうに嘆息していた。
★★★(クミ)
セイレスさんに、
杖というものは、剣のようにも使え、槍のようにも使える。
柔軟性に富んだ武器らしい。
私の場合、武器に刃物がついている必要が無いから、こっちの方が有利だろうってことで。
私は杖を教わることになった。
……実を言うと、刃のある武器だったら、サトルさんに研ぎのお願いが出来るから、夫婦の絆を深めることが出来て嬉しいな、なんて思ってたけど、しょうがない。
夫婦でイチャイチャするために冒険者を志すわけじゃないんだから、そこはちゃんと区別しないといけないよね。
しかし。
……棒術とどう違うんだろう?
それとも、名前が違うだけで同じものなのかな?
だって、杖と言われて渡されたものって。
1メートル半ちょいの長さの、ただの棒なんだもの……。
戦闘訓練ってやつを受けるの、これがはじめてだけど、まず最初は「技の基本の型」ってやつを身体が完全に覚え込むまでやり続け、それが出来てから対人訓練。
そういう流れになる。
くるん、くるんと杖を振り回し、剣で言えば袈裟懸けの軌跡で切り返して連撃を打ち込む型。
逆袈裟の軌跡の打ち込み。
突き。
それらをひと通りやった後、相手の攻撃を想定し、回避を交えて攻撃を加える型。
習ったことをそのままやっていく。
やってて思うんだけど、杖って、刃が無い武器だから、敵に叩き込む部位が固定されていなくて、かつどこを持っても大丈夫だから、なんだか動きがトリッキー。
普通の発想ではそういう動きになんないだろう、ってパターンが多い。
これで攻撃される側、多分混乱するんじゃないかな。
でも、そういう場合は当然のことながら、習得は難しいはずだし。
今の私、ちゃんとやれてるのかなぁ?
……ちらり、とセイレスさんの顔を盗み見ると。
私を見守るセイレスさん、無表情のまま動いてない。
……出来てるの?
なんか言って欲しいんですけども。
★★★(オータム)
……何であっという間に、あのややこしい杖の動きを習得してるのだろう?
一旦杖を後ろに引っ込めるとか。
持ち手を逆手にして、巻き込むように打つとか。
クミちゃんは、使い手本人が混乱しそうなところを、あっという間に淀みなくやれるようになっていってる。
そんな馬鹿な。
何なのこの子?
「ちょっとセイレス。杖術って覚えるの難しいってイメージあったんだけど、私の勘違い?」
「いえ、そんなことは無いはずですが」
自分の常識を疑ってしまい、私は思わず確認をしてしまった。
そっと我が家のメイドを呼びつけて、こっそり耳打ちするように聞いてしまう。
そうよねぇ?
ややこしいわよね?
なのに何故……?
私は首を捻ってしまった。
こんなパターンは想定してなかったから。
なので、ちょっと無茶かもしれないと思いつつ。
セイレスにひとつ、試してみてくれとお願いをした。
★★★(クミ)
「クミ様、ちょっと対人で打ち込んでみますか」
木刀を持ったセイレスさんが、型稽古を繰り返している私にそう言ってきた。
……えっと。
まだ1日目なのに、いきなりですか?
そう思ったけど、私は教わる身。
文句なんて言えようはずもなく。
約束稽古で、打ち込む技を決めて、セイレスさんと向き合う。
セイレスさん、メイド服姿だけど。
木刀を中段……正眼? に構える姿。
ピッとしてて、私の眼にも隙が無く映る。
約束では、上段を左右から2度打ち込んで、最後に突いてくるってことになってたんだけど。
私の方は、上段2回を受けた後、突きを半身になって回避し、小手を打つ。
そういうことになってた。
「行きますよ」
宣言と共に、向き合っているセイレスさんが、踏み込んでくる。
とても速い。
一気に刀の間合いに飛び込んできて、打ち込んでくる。
カン! カン!
左右からの打ち込みを、私は杖で受け止める。
木と木がぶつかる乾いた音。
約束だから、何が来るか分かってるから、私はなんとか対応できた。
型通りの防御姿勢で受け止めて、最後の突きへの対処で心を固めていた。
固めていたんだ。
なのに……。
2回目の打ち込みで、正眼に変化してそのまま突いてくるはずの木刀が、脇に抱えるような構えに変化して……
約束と違う、胴狙いの横薙ぎの斬撃に変化した!
何ですとッッ!!?
ガキィ!!
しかも。
本気だ。
食らったら絶対骨折。そのレベル。
……私の杖の受けが間に合って、ギリ防げたときはゾッとしてしまった。
あ、あぶねー……!
冷や汗と、心臓バクバクだった。
「何をするんですか!? 危ないじゃ無いですか!!」
さすがに私は抗議した。これ、スポーツチャンバラのウレタン刀じゃなくて、木刀だよ!?
危なすぎ!!
酷すぎる!!
そしたら。
「肋骨や腕の1本や2本折れたところで死にませんし、神の奇跡で治せます」
……セイレスさんは平然とそんな恐ろしいことを言ってきた!
★★★(オータム)
……あれを防ぐって……!
すごい反応速度。
それに受け方。
基本の型守ってて、綺麗だった。
私は顔に出さないように気をつけながら、クミちゃんに舌を巻いていた。
戦いって、攻撃技術も大事だけど、それ以上に大事なのは防御技術。
私たちのような、冒険者は特に。
一人一殺なんていう鉄砲玉みたいな働きをするんであれば、一撃必殺で攻撃が決まればそれでいいけど。
敵を倒したうえで、そこから生還しないといけない、って考えるなら。
むしろ優先して磨くべきは防御技術なのよ。
ちょっとそのへんを確認したかったから、セイレスに「約束稽古を持ちかけて、最後の一撃だけ約束を破ってみてくれない?」ってお願いしたんだけど。
「……よろしいのですか?」
「うん。責任は私が持つわ。ケガさせても、私が責任を持って治すから」
こんな感じで、こっそりと。
で、結果がああだった。
……あれを防ぐなんて。
いよいよ、凄いわね……。
これ、どういうことなんだろう……?
私はクミちゃんの異常な成長速度、基礎体力に疑問を抱いていた。
クミちゃんの異能は「冷却する力」のはず。
そこから考えると、こんな状況はどう捻っても出てこないと思うんだけど……
そのときだ。
ふと、聖典に書かれていた少年の話を思い出した。
その少年は、幼少の時より武の道を歩んでいたが、成長したある日、愛する女性が出来、そして結ばれた。
すると、いきなり強くなり、魔神を2体同時に相手をして、ほぼ一方的に倒してしまったという。
それを見て同門の男が言った。
「嫌になるぜ。守る女ができたぐらいで、あんなに変わってしまうなんて」
愛する女性と結ばれることで、少年はそれ以前とは比べ物にならない力を手に入れた。そういう話。
『夫に、家族に、もっと美味しいものを食べさせてあげたいですし……』
『幸い私の夫が、私を最後まで信じてくれる人だったから、なんとかなりましたけど』
……これまでのクミちゃんの表情と言動からして。
すでに、旦那さんとは夫婦の営みは終えていると。
そう見るのが自然よね……?
あれはやっている。確実に。
すると……
えっと……
聖典を読んだときは「こんなことあるわけない」って内心思っていたけど。
あれって、実際に起こりうることだったの……?
いやでも、この状況、そうとしか……!
やっぱり、聖典に書かれていることは全て真実が含まれているってことなのね。
私、思いあがっていた。
オモイカネの神官なのに、恥ずかしいわ。
私は、セイレスに疑いの目を向けながら、再度約束稽古に挑んでいるクミちゃんを見て、それを思い知ったのだった。
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